多言語・多文化の時代を拓(ひら)く ~日系ペルー人カブレホス・セサルの挑戦~

 ブレホス・セサルさんが家族とともに来日したのは1990年のことだった。南米の日系人受け入れを目的にした改正入管法が施行された年。当時11歳で、日本語が全くわからなかった。しかし、自らの努力で「言葉の壁」を乗り越えた。現在は医療通訳として活動し、セサルさんの活躍ぶりはマスコミにもしばしば登場するようになった。勤め先の多言語電話通訳のコールセンター「ランゲージワン株式会社」(東京都渋谷区)では、「多文化共生推進ディレクター」という新たな肩書が付いた。

政府は国の施策として「共生社会実現のための受け入れ環境の整備」を進めている。その実現には外国人の視点が欠かせない。こうした中で「にほんごぷらっと」はセサルさんに自身の体験や考えを投稿してもらい、「多言語・多文化時代を拓(ひら)く――日系ペルー人カブレホス・セサルの挑戦」と題した連載コラムとして随時掲載する。

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【第1回】外国人の目線で〝多文化情報〟を伝えたい

初めまして、カブレホス・セサルと申します。まず、私と「にほんごぷらっと」との関係について触れたいと思います。「にほんごぷらっと」編集長の石原進さんとは数年前から時々話をする機会がありました。昨年、石原さんから「セサルは日本で面白い経験している。多文化共生の観点から〝ぷらっと〟に体験談を書いてみないか」と声をかけられました。50回ぐらい続けば、本として出版できるかもしれないとも言われました。

私はその気になり、石原さんに「やってみたい」とその場で返答をしました。さっそく仕事を終えて家で原稿を書いてみました。しかし、文章を書くことはしゃべることと違ってうまくいきませんでした。原稿を毎週1本出し、50回もの連載を続けることはとてもできない。2本目を書き始めてギブアップしてしまいました。記事を書くことの大変さがわかっていなかったのです。原稿を引き受けることで大きな責任を負うことになる、との自覚もありませんでした。その時のことがずっと気になっていました。

今年4月に私はランゲージワンで「多文化共生推進ディレクター」という新しくできた職名をもらいました。それまでスペイン語、ポルトガル語の通訳をし、営業も担当しました。「多文化共生推進ディレクター」として、コールセンターのビジネスの中で共生社会にプラスになるような仕事を見つけることがミッションになりました。

そこで私はこう考えました。私が仕事を通じて多文化共生に関わる団体や組織、多くの人たちのことをもっと知りたい。そのためのインタビューをしていろいろなことを聞くことによって情報を得られるのではないか。目的をもってインタビューすることは、体験談を書くのに比べてシンプルです。多文化共生への進んでいる団体などの経験を、外国人の目線でこれからその道を行こうとする団体などへ伝えることは重要だと思いました。

そうした考えに至ったのには訳があります。これまで通訳の仕事を通じての様々な情報を得てきましたが、私は通訳のサービスを提供する側と受ける側の両側の立場を理解できるので、何か伝わるものを書けると思ったわけです。

そもそも私自身は多文化共生にどのように関わってきたのか。2019年5月に朝日新聞の特集版「グローブ」に私の記事(https://globe.asahi.com/article/12366393)が載りました。自分が取材を受けたことが、立派な記事になって感激しました。今度は自分が取材をして書いたコラムで何かを伝えたい。こんな気持ちで「にほんごぷらっと」に記事を書くことになりました。

さて、これから何を書くかですが、やはり多文化共生の前線で活躍している人たちを紹介していきたいと考えています。まず初めに取材をお願いしているのは、さいたま市消防局です。さいたま市消防局は、日本語が不自由な外国人と指令室(119番通報)との通報回線の間に通訳会社を入れて外国人の緊急通報に応える仕組みを作った日本のパイオニアです。119番の多言語対応は、いまでは全国の消防の指令室の9割にまで広がっています。

さいたま市消防局は、この仕組みを正式な業務に採用する前に実証実験を行いました。当時、私は遠隔通訳会社の運用部(通訳者部隊)でその実験に参加しました。当時はここまで急速に119番の多言語対応が広がることを全く想像していませんでした。

私の記事が掲載された朝日新聞には、来日1年後に経験をした弟の交通事故の話があります。その時私は現場に到着した救急隊と母との間の通訳をしました。緊急の医療通訳です。その経験があったので、さいたま市消防局との実証実験では、当事者のような実感がありました。「にほんごぷらっと」でコラムを書こうと決心したのは、初めての医療通訳とさいたま市消防局での実験が頭の中で重なり、伝えることが日本の多文化共生に役立つのではないかと頭に浮かんだからです。

今後、コラムでは多文化共生に関わってきた団体、組織、人物に自ら取材し、自身の体験を交えで紹介する予定です。コラムをきっかけに自分自身がもっともっと多文化共生に関係していくことで、新たな視点や考えを伝えていければと考えています。(つづく)

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