多様な問題提起があった<やさしい日本語>と多文化共生シンポジウム――パネリストとして参加して

多様な問題提起があった<やさしい日本語>と多文化共生シンポジウム――パネリストとして参加して

学習院女子大学国際交流文化学部主催で「<やさしい日本語>と多文化共生シンポジウム」が2月17,18両日、同大学のホールで開催された。やさしい日本語をテーマとしたこれだけの規模シンポジウムはおそらく初めてである。筆者はパネリストとして招かれ、ブース発表の機会も頂戴した。今回のシンポジウムのポイントと示唆したことについて、個人的な意見を交え報告したい。

1)多岐に渡る社会課題を解決する「やさしい日本語」

減災や公文書書き換えの領域から、主に国内外国人を対象として発展してきた「やさしい日本語」だが、わかりやすく伝えるという意識は「国語教育」でも重要であるという指摘(京都外国語大学・森篤嗣教授)や、日本人でも第二言語として日本語を学んでいる「ろう者」への教育にも重要だという視点(一橋大学・庵功雄教授、明晴学園・岡典栄氏他)など、外国人以外にもその研究が有効であることが示された。
さらに日本自立生活センターのあべ・やすし氏が、読みやすく配慮した表現でも視覚・聴覚障害を持つ方々が一人で処理するとき問題が起こる事例を挙げながら、「ことばのバリアフリー」という考え方を提示した。
いずれにせよ「母語話者側がわかりやすく伝える」という考え方は共通であり、様々な法整備が必要な施策に比べ、比較的導入しやすいのが「やさしい日本語」の普及施策だと筆者は考えている。象徴的なシンポジウムで多岐に渡る視点が集まった意義は大きい。


[ブース発表での筆者]

2)「やさしい日本語」というキーワードについて

初日のパネルディスカッションでは、森教授は明治時代の作家たちが自らリードした「言文一致運動」の成果をあげ、現在ではわかりやすい小説であることがことさら評価されることはなく、言文一致が浸透していることを指摘した。また会場からは、ここまで多岐に渡る「やさしい日本語」というキーワードが合わなくなってきているのではないか、他に呼称があるのではないかという指摘もあった。
これに対し庵教授は「やさしい日本語にとってもっとも名誉なことは「やさしい日本語」ということばが使われなくなることだ」と述べつつ、(言文一致運動同様)過渡期において重要なキーワードであることには変わりがないという考えを示した。
筆者もこのことについて発言し、これだけ「やさしい日本語」に関心を持つ層が広がっていっている中で、一言で大きなコンセプトを説明できる象徴的なキーワードとして、関係者が結集して世に伝えていくべきだと述べた。

3)企業での展開が期待される「やさしい日本語」

1日目の基調講演および2日目最後の庵教授との対談では、移民政策提言の旗手である日本国際交流センターの毛受敏浩(めんじゅとしひろ)執行理事が、従業員や生活者としての外国人に関連し、「やさしい日本語」の「企業への展開の可能性」に時間をかけて言及した。外国人従業員にもわかりやすい日本語を使う企業風土をつくることは、今からでも着手できることであると指摘している。


筆者は「なかよくなる」ための「やさしい日本語」を普及することを目標としており、そのためにまず「観光」から始めたと、パネルディスカッションで述べた。ブース発表では主に現役の日本語教師の方々が集まり、「やさしい日本語を普及するのは、日本語教師の新しい役割」というテーマでワークショップを行った。大変な熱気で、明日からでも実現したい「やさしい日本語」普及の「仕事」のアイデアがたくさん出てきた。
毛受氏が言及する「まったなしの人口減少」に直面している日本社会にとって、「やさしい日本語」の考え方は一刻も早く民間レベルで普及しなければいけない段階に入っている。今後は市井の日本語教師を巻き込み、きちんと報酬に基づく自立的な活動に育てていかなければいけないだろう。

4)「寛容な気持ちを持つ」こととしての「やさしい日本語」

今回のシンポジウムで筆者が再認識したのは「やさしい日本語」は「技術」ではなく「気持ち」の問題であるということである。外国人だけでなく、日本語を第二言語として学ぶろう者が、「が」や「を」などの助詞を間違えるだけで、日本人から「ばかにされる」という状況が残念ながら存在する。そして、そのような第二言語習得過程にある人に対しもっとも理解があるのは、日本語教育関係者である。庵教授が「ろう教育は、日本語教育のど真ん中である」とおっしゃったことが胸に突き刺さった。
「やさしい日本語」は、日本人側の情報提供や発話の配慮・調整という面が注目されるが、それ以上に相手に対して寛容な気持ちを持つということが重要なことであると、シンポジウムを経て考えるようになった。「やさしい」というキーワードの示唆する新たな意味に気が付いた2日間であった。

吉開 章(よしかい・あきら)寄稿者

投稿者プロフィール

やさしい日本語ツーリズム研究会事務局長、株式会社電通勤務。2010年日本語教育能力検定試験合格。会員3万人以上の日本語学習者支援コミュニティ「The 日本語 Learning Community(Facebook参照)」主宰。ネットを活用した自律学習者に詳しい。2016年「やさしい日本語ツーリズム」企画を故郷の福岡県柳川市で立ち上げ。論文・講演実績などはこちら(WEB参照)。

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一般財団法人日本語教育振興協会は標記研修を開催いたします。 昨年度に引き続き、より質の高い研修成果を求めて、研修の核となる2日間の集合研修を東京会場、大阪会場、福岡会場で全て対面にて実施することにいたしました。特に、東京会場は国立オリンピック記念青少年総合センターに宿泊して研修を行うので、研修に参加した仲間や講師との絆がより一層深まることを期待しております。もちろん、どちらの会場での研修も日本全国からご参加いただけます。 加えて、オンデマンドによる事前学習を多く取り入れるなど、集合研修での成果をより高めるための工夫がされております。さらに、各参加者が自校の教育の質向上のための取り組みを発表する機会を作り、より質の高いフィードバックが得られるように集合研修後のフォローアップも強化するなど、より密度の濃い研修プログラムとなっております。 受講希望者におかれましては、7月28日(月)までに,所定の応募方法にて,ご応募くださるようお 願いいたします。 また、当協会の主任教員研修は告示校を対象としているため、たとえ常勤3年以上の経歴を有していても認定校・告示校の教員(認定日本語教育機関の審査申請済みの教育機関(新規開校含む)に所属する主任教員を含む)でない限り研修の対象とはなりません。 《令和7年度 主任教員研修の特徴》 ︎「日本語教育の適正かつ確実な実施を図るための日本語教育機関の認定等に関する法律」の成立により、ますます注目が集まる「日本語教育の参照枠」や「日本語教師の人材育成」について理解を深める事ができる ︎ 現場の“今”を意識した研修プログラムにより、過去の研修受講者が再度受講しても満足できる研修である ︎ グループワークでは経験別や所属学校の属性別のグループを構成することにより、多様な受講者の満足度を保証する 《令和7年度 主任教員研修のねらい》 ◆「日本語教育の参照枠」に基づく学習成果の評価と手法を理解し、実践に活かす力を養う ◆ 人材育成の目的や考え方を知り、自校が求める教員像に近づけるための育成方法を考え実践する ◆ 今の悩みを共有できる仲間や、相談できる先輩とのネットワークを獲得する 《研修について》 ◆研修期間  2025年8月29日(金)~2026年1月8日(木)まで       ※7月29日~8月25日まで事前課題への取り組みがあります       ※研修の詳細な日程については当協会のホームページよりご確認ください ◆開催場所 オンライン(Zoom)+下記いずれかの会場       【東京会場】国立オリンピック記念青少年総合センター       【大阪会場】関西研修センター(KKC)       【福岡会場】リファレンス駅東ビル貸会議室 ◆定員 108名(会場定員:東京会場54名/大阪会場36名/福岡会場18名) ◆参加資格 以下の(1)〜(3)のいずれかの条件を満たす方  (1) 認定校・告示校の主任教員  (2) 認定校・告示校で 3 年以上の常勤教員経験を有する主任教員予定者  (3) 認定申請済機関の主任教員 ◆参加要件 ・研修の全日程に参加できる方 ※参加決定後の会場変更は不可 ・オンライン集合研修において、静かで研修に集中できる環境から参加できる方 ・インターネット環境が整っており、PC で研修に参加できる方  ※スマホやタブレットからの参加は不可 ・自校にて実際に課題改善を行い、その取り組みを発表し、研修レポートとして提出できる方 ◆受講料 30,000円(消費税込)      ※東京会場参加者については、別途宿泊費及び食費等(20,000 円程度)が発生します。       詳細な費用については、参加決定者に対して別途お知らせいたします。      ※大阪・福岡会場参加者については、交流会参加費が発生します。       詳細な費用については、参加決定者に別途お知らせいたします。 ◆詳細・申込方法 https://www.nisshinkyo.org/news/detail.php?id=3370&f=news          ★上記サイトに掲載されている開催案内をよくお読みいただきますようお願いいたします ◆応募締切 2025年7月28日(月) 〔問い合わせ先〕 一般財団法人日本語教育振興協会 主任教員研修担当 Eメール:shuninken@gmail.com TEL:03-6380-6557

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