町の中国事務所が手掛ける「日本語教育ツーリズム」――体験旅行で日本語を――(第5回)

町の中国事務所が手掛ける「日本語教育ツーリズム」――体験旅行で日本語を――(第5回)


[「親子で学ぶ日本語&スキー教室」に参加し、午前中は日本語を学ぶ参加者]

「うさぎおいし、かのやま♪♪~」――北海道東川町立東川日本語学校の食堂に元気いっぱいのたどたどしい歌声が響いた。中国上海近郊から親子日本語ツアーに参加した中国人観光客の一団。10日間の旅程のうち、4日間の午前2時間を日本語学習にあて、それ以外の時間をスキー教室や周辺の観光にあてる人気のツアーだ。訪れたこの日は14家族35名が日本語を学んでいた。

このツアーを手掛けるのは、元東川町役場の職員で、現在は東川町中国事務所で国際交流顧問も務める王雪(ワン・シュエ)さんだ。中国事務所とは、東川町の公式海外オフィスで、主に東川町の広報と日本語学校への留学生募集窓口という性格を持つ。上海道草文化传播有限公司の何錫岳(ハー・シーユエ)さんと「日本語教育ツーリズム」を企画した。背景にあるのは、中国人観光客のトレンドの変化だという。以前のような団体旅行は人気がなくなり、体験型の個人旅行プランが台頭してきている。

王さんは体験型の個人旅行の一つに、日本語学習があってもよいのではないかと思いついた。旅行者として日本に来る時に、片言でも日本語を使ってみたいという声があるのを以前から知っていたからだ。そこで、充実した日本語研修施設と自然豊かな東川町の強みを生かした日本語とスキーを体験するツアーを呼びかけた。その呼びかけに応えて一定の人数のツアー客が集まった。


[東川町中国事務所の王雪さん・左と、何錫岳さん・右]

今回の王さんのように、町で働いた経験のある外国人が、町を好きになり、海外から新たな観光客を呼び寄せてくれる。まさに人の輪が結ぶ好循環。他の自治体からはうらやむ声が聞こえそうだ。東川町で学ぶ留学生の中には、王さんに限らず町のファンとなって帰国する学生が少なくないという。台湾では帰国した留学生が「台湾東川会」を設立し、帰国後も継続的に東川町とネットワークをつくりあげ、人材交流が続いている。ほかの国でも同じような動きがでてきているそうだ。

地方であっても、一度訪れると町の良さを広めてくれ、新たな観光客を呼び寄せてくれる。このような好循環の起点にも町立日本語学校が位置づけられている。北海道東川町の長期戦略には確実に日本語学校が重要な役割を持っており、その成功の兆しはすでに見えてきているように思えた。


[初級クラスで特別授業を行う「やさしい日本語ツーリズム研究会」の吉開章氏]

「外国人観光客は日本語を使いたいのです」。こう話すのは「やさしい日本語ツーリズム研究会」事務局長の吉開章氏だ。吉開氏は今回の東川日本語学校訪問にあたり、初級クラスで特別授業を受け持った。「やさしい日本語」は近年、様々なメディアで取りあげられ注目されている。外国人住人が増加する自治体において、災害時に外国人にもわかりやすく情報を伝えるために考え出されてきた経緯がある。吉開氏はさらに進めて災害時や緊急時だけでなく、「なかよくなる」ための「やさしい日本語」の普及を目指す。

特別授業で吉開氏が留学生に確認をしていたのは、日本人が「やさしい日本語」でもっと話してくれた方がいいのかどうか、という点だ。いわゆるツーリストではない留学生でも、休日に観光地に行けば、観光客となるからだ。初級クラスの留学生たちは口をそろえて、「もっと日本語で話したい」と答えていた。

第6回:東川町のファンを増やす短期日本語研修――好循環が生まれ―― につづく
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特集:日本語教育と地方創生

人口減少が急速に進む地方都市において、日本語学校を地域の活性化に結びつけている町があるのをご存じだろうか。北海道旭川空港から東に車で15分の東川町だ。2015年10月、日本初の公立日本語学校を開校し、町をあげて外国人留学生を歓迎している。「偽装留学生」や「デカセギ留学生」などと揶揄されることが多い昨今、地方の公設の日本語学校がどのように留学生と付き合っているのか。雪深い町立東川日本語学校を訪ね、その実情を通して、日本語教育と地方創生の可能性について考えてみた。

阿久津 大輔(あくつ・だいすけ)「にほんごぷらっと」編集長

投稿者プロフィール

日本語教育情報プラットフォーム設立時より事務局を担当し、フェイスブックページ「日本語教育情報プラットフォーム」の管理人として情報を発信。2017年9月よりネットメディア、言葉が結ぶ人と社会「にほんごぷらっと」編集長。専門分野は外国人人材のキャリアプランニング。

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7月
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終日 言語科学会 第26回年次国際大会(J... @ 愛媛大学 城北キャンパス
言語科学会 第26回年次国際大会(J... @ 愛媛大学 城北キャンパス
7月 12 – 7月 13 終日
言語科学会第 26 回年次国際大会(JSLS2025)開催・研究発表募集のご案内 言語科学会 (JSLS: The Japanese Society for Language Sciences) では以下の要領で、 第 26回年次国際大会 (JSLS2025) を開催いたします。 大会日程: 2025 年 7 月 12 日(土)~ 13 日(日) 開催場所: 愛媛大学 城北キャンパス(愛媛県松山市文京町 3) 大会ウェブサイト: http://www.jslsconference.jpn.org/jsls2025/ 基調講演: Jae DiBello Takeuchi 氏 (Indiana University Bloomington)
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【!!追加募集!!】NPO法人日本... @ オンライン (オンライン上での集合研修 および 動画視聴による個人学習) ・「就労者の異文化適応」「教材研究」は対面(東京・大阪)で実施。 オンラインでの参加も選択可能。
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【!!追加募集!!】NPO法人日本語教育研究所 主催文部科学省委託 令和7年度現職日本語教師研修プログラム普及事業 就労者に対する日本語教師【初任】研修 就労者に対する日本語教師養成 –日本語教育研究所の多様な研修実績及び人材を活かしたビジネス日本語教育/指導- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ この研修は、これから新たに就労者に日本語を教えたいと考えている方を主な対象としています。スキルアップにぜひお役立てください。 再受講をご検討の方へ 本研修はこれまでに弊所の研修をご受講された方も、再度ご参加いただけます。 実際に現場に出て、もう一度確認したいことなども出てきているのではないでしょうか。 さらに実践的な指導力を高める良い機会となりますので、ぜひご検討ください。 ─────────────────── ■期間 2025年7月20日(日) ~ 2026年2月8日(日) *日程等の詳細は、募集要項のリンク先からご覧ください。 ■対象 日本語教育機関認定法に基づく「登録日本語教員」を対象としますが、本法の経過措置期間内(令和10年度まで)は、令和6年度までに下記を修了した方も対象とします。 1)日本語教師として下記のいずれかの要件を満たす方  ①大学/大学院で日本語教育に関する教育課程を修了し、大学/大学院を卒業/修了した方  ②大学/大学院で日本語教育に関する科目の単位を26単位以上修得し、大学/大学院を卒業/修了した方  ③公益財団法人日本国際教育支援協会「日本語教育能力検定試験」に合格した方  ④学士の学位を有し、日本語教師養成講座 420 単位時間以上を修了した方 2)原則として、就労者への日本語教育歴が0~3年未満の方 ■定員 100名 ■受講料 20,000円(税込) ※教材費込み ■申込方法 以下のリンクからお申し込みください。 https://forms.gle/JWtnJ6WzzCNQvQx88 ■申込締切 2025年6月30日(月)【募集期間延長しました!!】 ■募集要項 https://docs.google.com/document/d/1uHn1k6zdRIgcQ2-lK5Uyr1Qa5vlwzXCFvKEUw3UjJVU/edit?usp=sharing ■お問い合わせ NPO法人 日本語教育研究所(研修事務局) nikken.kenshu@gmail.com
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10:00 AM 令和7年度日本語学校教育研究大会 @ 国立オリンピック記念青少年総合センター
令和7年度日本語学校教育研究大会 @ 国立オリンピック記念青少年総合センター
8月 7 @ 10:00 AM – 8月 8 @ 4:30 PM
日本語学校教育研究大会では、各日本語教育機関における実践・事例の報告の機会として、発表の場を設けています。 意見・アイディア交換の場としてぜひご活用ください。 皆様からのご応募お待ちしております。
8月
26
10:06 AM 第11回日本語教育支援システム研究... @ 英キール大学(Keele University)
第11回日本語教育支援システム研究... @ 英キール大学(Keele University)
8月 26 @ 10:06 AM
第11回日本語教育支援システム研究会(CASTEL/J)国際大会 第11回日本語教育支援システム研究会(Computer Assisted Systems for Teaching and Learning Japanese – CASTEL/J)国際大会を英国中部スタッフォードシャー州にあるキール大学(Keele University)にて英国日本語教育学会(BATJ)・キール大学ランゲージ・センターとの共催で開催することとなりました。 日本語教育支援システム研究会国際大会は、日本語教育関係者、日本語教育のリーダーに日本語教育におけるテクノロジー使用の最先端の動き、将来の方向性を共有する機会を作ってきました。2020年のパンデミックにより授業のオンライン化・ハイブリッド化が進み、それに加えて、この数年の人工知能(AI)技術の急速な発展と普及により、日本語教育は元より私たちを取り巻くテクノロジー環境が大きく変化しています。これらの技術的発展を効果的に教育・学習に取り入れ促進していくことは今まで以上に重要となっています。世界中からこの分野の優れた研究者、実践者が集まるこの国際大会に是非ご参加ください。 日時:2025年8月26日(火)〜27日(水) 会場:英スタッフォードシャー州キール大学チャンセラーズ・ビルディング 共催:英国日本語教育学会(BATJ)、キール大学ランゲージ・センター

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