「日本語人口10億人」に向けて――「1億人」構想では限界がある

【寄稿者:加賀武志】

「日本語人口10億人」に向けて――「1億人」構想では限界がある

先に「にほんごぷらっと」代表世話人の石原進氏が当欄に「海外の日本語人口1億人」を主張する論考を発表した。その趣旨や日本語人口を増やすことには異論がない。しかし、「日本語人口1億人」では日本の少子高齢化や人口減少の様々な課題の解決につながるとは思えない。

日本と世界の架け橋になる手段は日本語を理解し話せる人を10億人まで増やすことで、日本社会が抱えている諸問題のほとんどを解決することが出来るのではないか。以下、なぜ「10億人」なのか、について考察する。

1.日本の課題とその解決策

現在日本の最も大きな課題は、少子高齢化と人口減少による経済活動の停滞と将来への不安と考える。その解決策の一つは、優秀な外国人材に日本で働いてもらうことだ。

日本での就労希望の優秀な外国人は何千万人もいると推測され、しかも年々増えている。大卒以上の多くの高度外国人材が日本語を習得し来日すれば、日本での就労と居住が促進されることになり労働力不足と人口減少問題を解決できる。また、海外へ進出している日本企業や、海外で事業を展開する企業や事業主にとっても、現地での人材確保に貢献できる。

関連するもう一つの課題は、日本の持続的な経済発展である。世界の経済発展を活用できず何十年も低成長が続いている。社会保障費負担の増大など国の財政問題も年々深刻になってきている。もし就労する高度外国人材が増加してゆけば、人口増加による消費の増大ばかりでなく、日本企業の中核人材として社業を発展させることのみならず、新事業の創業に担い手になり、日本経済の発展を底上げできる。更には企業と出身国とのの間の架け橋人材として国際化に貢献できる。

GDPへの貢献の視点から見れば、中期的に平均年収500万円の中堅労働者が1000万人増えれば、それだけで50兆円の名目GDPが増える。

インバウンド観光分野では、現在年間3000万人弱の観光客で4.4兆円の消費をしている。日本語が出来る外国人が増えれば、訪問客が各段に増え滞在日数や観光の質が高まり、1億人が訪れ消費単価が倍増すれば、年間30兆円の観光収入をもたらす事になる。

持続的な経済成長が見込めれば、個人は消費マインドが高まり、国は税収増が見込めるようになる。

2.日本語人口を10億人にするには?

それでは、日本語人口を増やすにはどうしたら良いのだろうか。私は2つの方向性があると考えている。

ひとつは、外国人の日本語習得目的を把握したうえでのニーズに特化した日本語教育である。前項の例で言えば、日本で就労希望の高度外国人材向けの「ビジネス日本語教材」と、観光客や文化体験等の希望者向けの「超初級会話日本語教材」の開発と提供だと思う。これまでの、大学等への進学を前提にした日本語学校による日本語教育に加えて、就職や日本文化体験に役立つ日本語を学びたいという外国人は、非常に多いし年々増えてきている。

なぜ、日本で働きたい人が増えているのか。なぜ日本文化を体験したい人が増えているのか。それは日本の歴史と文化の豊かさが根本にあると考える。経営にしても100年以上継続している世界の企業の過半数が日本に集中しており、1000年以上も前から小説や絵画などの文化の蓄積があり、知れば知るほど日本文化の奥深さに魅せられ、日本ファンが増えてくると思う。さらに、安全、安心、自然との共生、倹約などの日本人の生活の特質が外国人からは美徳や憧れの対象になっていると思う。

3.日本語教育を広める手段と費用について

では具体的は普及の為にはどうすれば良いか。

ひとつは、出身国にいながら誰でも日本語を学べる魅力ある教材の無償提供である。

日本のアニメや漫画、ゲーム、ファッションへの興味から日本語を独習し来日している若者が増えており、更に加速させる為に、人気アニメキャラクターによる日本語教材、ゲームをしながら日本語を学べる初級教材など、魅力ある自習教材の提供である。広く業界団体への協力を呼びかけてゆきたい。

もうひとつは、コンピュータやネットを活用した日本語自習システムと、自習システムを利用した教師による教育システムの開発と提供だと思う。

人工知能や音声認識などのICT(情報通信技術)は語学教育に非常に有効であり、世界中どこでもパソコンでもスマホでも日本語の初歩を学べる環境を提供できる。この部分に関しては、公的な資金の援助や投資が必要である。高度外国人材の場合、採用コストとして企業に負担をお願いすることも考えられる。語学教材の開発費は数千万円単位であり、短期的には数億円の予算があれば、魅力ある教材を提供し、初学者を世界に広めることが可能だと考える。

4.おわりに

日本語を話す人を10億人に増やすというと、荒唐無稽な話をするなと言われるかもしれない。しかし、日本の人口減少とは裏腹に世界の人口は増加の一途を続けている。10人に1人が日本語を学習できる環境を整えれば、いずれ訪れる世界の人口100億人時代には「日本語人口10億人」は実現できるのではないか。

日本語人口が増えれば、日本式の安心、安全で、他人との共生を重んずる文化が世界に広がることになる。その日本語にはその潜在力があると考える。ジョンレノンが小野ヨーコの影響で「Imagine」という世界の共生の歌を作詞したように。

加賀 武志(かが・たけし)寄稿者

投稿者プロフィール

留学生および高度外国人材支援コンサルタント。宮城県生まれ58歳。高校時代より「真のアジア共栄圏の実現」を志し、東京大学法学部時代に「留学生の父」と呼ばれた穂積五一氏の主宰する「新星学寮」に留学生と共に住み薫陶を受ける。新日鐵等の民間企業勤務を経て、文部科学省経済産業省共管の「アジア人財資金構想」など、留学生の日本企業への就職や定着支援に携わる。日本人と外国人の真の平等な共生社会作りを目標として活動中。

関連記事

コメントは利用できません。

イベントカレンダー

6月
3
2:00 PM 凡人社日本語サロン研修会  文法... @ オンライン開催
凡人社日本語サロン研修会  文法... @ オンライン開催
6月 3 @ 2:00 PM – 4:00 PM
[日 時] 2023年6月3日(土)14:00~16:00(受付開始13:30) [会 場] プログレッソイベントルーム/ベース(松山市湊町4-3-9)※対面のみの開催です [定 員] 30 名(先着順、定員になり次第締め切ります) [参加費] 無料 ※要予約(先着順となります) [講 師] 柏谷 涼介 先生(セントラルジャパン日本語学校主任教員) [内 容] 日本語教育、特に初級レベルの学習では長らく文法を中心に考えられた、いわゆる文法積み上げ式の教育が行われてきました。 しかし、現在では課題達成の考え方などを取り入れた、より効果的と思われる教育方法が広まってきており、そのような方法を取り入れている現場も増えてきています。 ここで今一度、学習者のために、より効果的な方法について皆さんで考えてみませんか? 何よりも学習者のために、よりよいものを目指す方のご参加をお待ちしております。   [お問い合わせ・お申込み] お申込みはこちら。 ※メール、または下記URL・QRコードからお申し込みください。 メールでお申し込みの際はタイトルに「凡人社日本語サロン研修会(6/3)」と入れて、本文にご氏名・ご所属・ご連絡先をご記入ください。 E-mail:ksakai@bonjinsha.co.jp(担当:凡人社/坂井)
6月
7
8:00 PM ももの会主催_みんなで読もう!『... @ オンライン開催
ももの会主催_みんなで読もう!『... @ オンライン開催
6月 7 @ 8:00 PM – 9:30 PM
みなさん、こんにちは!ももの会です。 『超基礎 第二言語習得研究』(奥野由紀子編著、くろしお出版)を、全5回で読む読書会を企画しました! もう一度SLAを勉強したい方、この本を買ってそのままになっている方…、みんなで一緒に読んで話しませんか。 ◆こんな人におススメ! ◎これから第二言語習得論を勉強しようと思っている方 ◎もう一度勉強したい、知識をアップデートしたい方 ◎この本を読もうと思っているけど、読むきっかけをさがしている”積ん読”の方 1.スケジュール 全5回、毎回水曜日20:00~21:30実施 ・第1回(5月17日):1章、2章、3章 ・第2回(6月 7日):4章、5章 ・第3回(6月28日):6章、7章 ・第4回(7月19日):10章、11章 ・第5回(8月 9日):12章、15章 2.開催方法 すべてオンライン開催(zoom) ※グループワークがございますので、マイクをご準備いただき、 話せる環境でご参加ください。 3.進め方 ・事前に本を読み、わからなかったところをメモしておく ・わからなかったところを、みんなで考える ・各章にある「課題」を一緒にやる 4.参加費(Zoom代) 一般:1,000円/学生:500円 ※5回分の料金となります。 5.お申込み https://momonokai20230517.peatix.com/ 6.注意事項 ・本は各自でご用意ください。 ・録画はしませんが、記録はすべてGoogleスプレッドシート等に残します。 欠席回については、共有ファイルで内容をご確認いただけます。 7.主催者 ももの会 ももの会についてはこちらをご覧ください。 https://note.com/2021momonokai/n/n71afd95af03b 8.ももの会では、ももの会主催のイベント情報をお届けするためにメーリングリストを作成しています。ご希望の方は、こちらからお申し込みください。 https://note.com/2021momonokai/n/n47141a496dcc
6月
10
終日 異文化間教育学会 第44回大会 @ 東京都立大学 南大沢キャンパス
異文化間教育学会 第44回大会 @ 東京都立大学 南大沢キャンパス
6月 10 – 6月 11 終日
異文化間教育学会 第44回大会 大会実行委員長: 岡村 郁子(東京都立大学) 会 期: 2023年6月10日(土)・11日(日) 会 場: 東京都立大学 南大沢キャンパス Welcome to the 44th Conference of the Intercultural Education Society of Japan Venue: Tokyo Metropolitan University, Minami-Osawa Campus Dates: Saturday 10 June – Sunday 11 June 2023 Conference Organising Committee Chair: Ikuko Okamura (Tokyo Metropolitan University) We welcome presentations in English. For details, please refer to the Call for Papers. Please also use the attached template for submitting your abstract: abstracts template 託児サービスのご利用について 第44回大会では、託児サービス業者に委託し、東京都立大学の大会会場の建物の中で託児サービスを提供いたします。 ご利用を考えておられる方は、以下の説明に沿って期日までにお申し込みください。 託児申し込みついて 託児申込書
1:30 PM 地域日本語どっとねっとシンポジウ... @ オンラインと対面
地域日本語どっとねっとシンポジウ... @ オンラインと対面
6月 10 @ 1:30 PM – 4:30 PM
[日 時] 2023年6月10日(土)13:30~16:30 [会 場] 博多バスターミナル会議室 第7+第8ホール及びオンライン開催 対面と同時配信 ※対面参加の方のみ質疑応答に参加可能、配信は視聴のみ [定 員] 会場40名、配信視聴200名 [参加費] 無料 [内 容] 【基調講演】13:30~14:15 講師:神吉 宇一 先生(武蔵野大学グローバル学部准教授) タイトル:「地域日本語教育の役割は、日本語を教えるだけじゃない」ってどういうこと? 内容:日本は人口減少局面に入り、特に地方都市や特定の職業で人手不足が深刻になっています。 そして、外国人の受け入れによって、それを補おうという動きが活発化しています。 2019年の日本語教育の推進に関する法律以降、日本語教育に関する政策の整備が進んでいます。 2022年11月には、文化審議会国語分科会から、地域における日本語教育が目指す目標としてCEFRのB1レベルが提示されました。 一方、地域における日本語教育では、日本語を教えることだけがその役割ではないという意識が多くの人に共有されつつあり、そのための活動の蓄積も進んでいます。 そして、多くの地域日本語教室が、特定の教科書を教えるという方法から脱し、新たな取り組みを始めています。 そのような中、地域日本語教育に携わる人たちは、政府によるB1レベルという目標設定が「教科書の日本語を教えるだけ」の地域日本語教育に後戻りするのではないかという不安や懸念を抱いています。 本講演では、日本語を教えるだけじゃないという先にある多様な選択肢をどのように考えればいいのかを、教育のあり方と政策のあり方からお話をします。   【トークセッション・質疑応答】14:20~16:30(途中休憩あり) 東京、愛媛、福岡で活動する3名の方々に、日ごろ行っている活動事例をご発表いただいた後、活動の背景にある思い、困難に感じていること、実現したいこれからなど意見を交わし合います。 モデレーター:深江 新太郎 先生 発表者:松尾 慎 先生(東京女子大学教授、VEC代表) 松尾 美恵子 先生(福岡県古賀市/交流型日本語教室運営マネージャー) 宮田 あゆみ 先生(愛媛県松山市/にほんご町内会代表)   [お問い合わせ・お申込み] お申込みはこちら。 ※メール、または下記URL・QRコードからお申し込みください。 メールでお申し込みの際はタイトルに「地域日本語教育どっとねっとシンポジウム(6/10)」と入れて、本文に、ご氏名・ご所属・ご連絡先をご記入ください。 E-mail:ksakai@bonjinsha.co.jp(担当:凡人社/坂井)

注目の記事

  1. 有識者会議が政府に技能実習制度廃止を提言 政府の有識者会議が4月10日、外国人の技能実…
  2. 第5期「入門・やさしい日本語」認定講師養成講座 5月21日開講 申し込み受け付け中 にほん…
  3. 「やさしい日本語」で外国人の労災防止を 厚労省が「手引き」の改訂版を作成 厚生労働省は…

Facebook

ページ上部へ戻る
多言語 Translate