やさしい日本語とAI翻訳が出会う時 その2 AI翻訳がAEDになる日

やさしい日本語とAI翻訳が出会う時   その2 AI翻訳がAEDになる日

多言語音声翻訳(以下「AI翻訳」)と「やさしい日本語」について、それぞれ違った視点から「万能論」を語る人がいる。

AI翻訳では「これがあれば英語を勉強する必要がなくなる」という話がある。英語に絞れば、必要な時だけ英語を使う、ということなら将来実現するかもしれない。しかし相手と仲良くなりたい、長い付き合いをしたいと思うなら、ツールを介したコミュニケーションでは困難であり、お互いが直接話し合える共通言語が必要になる。一橋大学庵功雄教授は「『 地域における共通言語』の役割を果たせるのは、『英語』ではなく、また『日常の日本語』でもなく、『やさしい日本語』だけである」と述べている。

一方、「やさしい日本語」も、自治体関係者の間などでは「『やさしい日本語』を導入していれば多言語対応をしていることになる」という人がいる。予算や人材不足の言い訳に、「やさしい日本語」がアリバイとして使われているという感も否めない。「やさしい日本語」は多文化共生社会の基盤となるものとして、外国人への日本語教育と併せて推進していくべきものだが、命や人権・財産に関わる場面では、相手の母語を保障してやりとりしなければならない。

「やさしい日本語」はツーリズムや災害発生時などに幅広く活用されることはあるものの、医療や法律相談などの際には、専門の通訳が不可欠である。

このように、AI翻訳と「やさしい日本語」は万能というわけではない。しかし、この2つがお互い補完し合えば網羅性がさらに拡大する。その架け橋となるものが「やさしい日本語」の考え方を応用したAI翻訳活用である。その考えを2019年に総務省が政策に取り入れた

私は、AI翻訳はあくまで必要なときに効果的に使うものであると考えている。そのためには、日本人が必要な時にAI翻訳というツールの存在を思い出し、あらかじめ正しい使い方を習得しておく必要がある。

この視点から考えると、AI翻訳はAEDと似ていると言えよう。

AEDの正式名称は「自動体外式除細動器」だが、「心停止した人に緊急対応する装置」として認知し、多くの人が集まる場所を中心に設置されている。AEDは治療するものではなく、あくまで緊急対応のツールであり、鼓動が復活すれば救急治療も可能となる。各地の消防訓練などでその使い方講習が行われている。

AI翻訳も、緊急対応の視点から注目すべきだろう。その認知を広げ、緊急時にこそ誰でも使えるツールとして多くの人にインストールしてもらっておく。試用機会を提供し、AI翻訳の特性と使用方法を理解した上で実際の使用場面で落ち着いて使用できるようにする。AI翻訳とAEDはその社会的な意義から普及・活用に至る方法論まで極めて似ており、今後のAI翻訳の普及を目指す上で参考になるだろう。

現在私は小平市での「やさしい日本語X多言語音声翻訳」の実践協力をきっかけに、おもてなしにおけるVoiceTraの活用について、各地で講演を依頼されている。VoiceTraの素晴らしいところは、入力した言葉の翻訳結果を再度日本語に翻訳して提示することで、使用者が翻訳結果を評価できる点にある。

私は講演でやさしい日本語やVoiceTraの万能論を説くのではなく、VoiceTraを使ってあらかじめ言葉を調整するトレーニングをすれば、結果的に「やさしい日本語」の話し方も上達する、ということを伝えることにしている。このような講演が消防訓練におけるAED試用体験のような日々見られるような光景となり、将来、やさしい日本語とAI翻訳がAEDと同じぐらい普及する日が来るのを夢見ている。

吉開 章

吉開 章(よしかい・あきら)寄稿者

投稿者プロフィール

やさしい日本語ツーリズム研究会事務局長、株式会社電通勤務。2010年日本語教育能力検定試験合格。会員3万人以上の日本語学習者支援コミュニティ「The 日本語 Learning Community(Facebook参照)」主宰。ネットを活用した自律学習者に詳しい。2016年「やさしい日本語ツーリズム」企画を故郷の福岡県柳川市で立ち上げ。論文・講演実績などはこちら(WEB参照)。

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