「日本語に通じない外国人」の違和感

「日本語に通じない外国人」の違和感

超党派の日本語教育推進議員連盟が日本語教育推進法案を通常国会に提出する意向だ。法案の早期成立を目指し署名活動が行われるなど、日本語教育の関係者の間で成立を後押しする動きが活発だ。筆者も早期成立に賛同し署名した。

署名に際し今一度法案を読み返してみたが、一つだけ、以下の条文に目を疑った(下線は筆者、以下同様)。

(定義)

第二条 この法律において「外国人等」とは、日本語に通じない外国人及び日本の国籍を有する者をいう。

これは直感的に「日本語の(が)通じない外国人」の間違いではないだろうかと思った。しかし、よく考えると「事情に通じている=詳しい」のような用法で、「日本語に詳しくない」とも読めることに気が付いた。

このような「〜に通じない」という表現は法律用語としてよく使われるのか友人の弁護士に聞いてみたところ、おそらく以下の条文にならって使われたのだろうとのことだった。

民事訴訟法154条1項

口頭弁論に関与する者が日本語に通じないとき、又は耳が聞こえない者若しくは口がきけない者であるときは、通訳人を立ち会わせる。ただし、耳が聞こえない者又は口がきけない者には、文字で問い、又は陳述をさせることができる。

刑事訴訟法175条 

国語に通じない者に陳述をさせる場合には、通訳人に通訳をさせなければならない。

裁判所法74条 

裁判所では、日本語を用いる。

刑事訴訟法175条の「国語」は、上記裁判所法条文の「日本語」が根拠となっており、ここでは国語と日本語は一致しているそうである。

この法案では日本語教育、もっと正確に言えば第二言語としての日本語教育を推進するのが目的である。もっぱら裁判の運営における「日本語に通じない」という言葉を使って対象を定義するのには、違和感を禁じ得ない。例えば日常生活はできても、学習のための言語を獲得できていない子女への日本語教育は、この定義では後回しになる恐れもあると考える。

もっともしっくりくる定義は「日本語を母語としない(外国人または日本国籍を有する)者」である。「母語」の定義が法律でないとするなら、「出生して最初に獲得した言語が日本語でない者」と言い換えてもいいだろう。

日本語を教えるという面では、国語教育も同じである。ここは第二言語習得としての日本語教育が重要だという点をはっきりさせるためにも、「第一言語(母語)」「第二言語」といった用語にも踏み込んでもらいたかったと思う。

多くの日本語教育関係者が議連に協力し、ここまでの成果をあげてきた。その中で、おそらく衆院法制局のチェックもあり、このような形として議連メンバーが合意したものだと思われる。筆者は、一刻も早い法案の成立に異論がなく、本法案についてはそのままの形での成立を期待したい。しかしながら、現状の日本の法体系、すなわち日本社会のシステムにおいて、これまで「第一言語が日本語でない」人々の存在がきちんと位置付けられていなかったことについては、議論を深めていくべきだと考える。

「日本語に通じない」という表現は、知識や能力の欠如といったニュアンスも感じられる。第一言語が日本語でないことは、決して能力のなさや障害ではない。これは第一言語が手話である「ろう者」にも関係することである。この法案が「日本語を母語としない外国人または日本国籍を有する者」と定義してあれば、そのままろう者の日本語教育にも適用できる箇所が多いと考えていた。その点を考えても、やはり「日本語に通じない」は悔やまれる表現であった。

吉開 章

吉開 章(よしかい・あきら)寄稿者

投稿者プロフィール

やさしい日本語ツーリズム研究会事務局長、株式会社電通勤務。2010年日本語教育能力検定試験合格。会員3万人以上の日本語学習者支援コミュニティ「The 日本語 Learning Community(Facebook参照)」主宰。ネットを活用した自律学習者に詳しい。2016年「やさしい日本語ツーリズム」企画を故郷の福岡県柳川市で立ち上げ。論文・講演実績などはこちら(WEB参照)。

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