一等賞 故きを温ねて新しきを知る 東北大学秦皇島分校 林雪婷

テーマ:「日本人に伝えたい中国の新しい魅力」

故きを温ねて新しきを知る 東北大学秦皇島分校 林雪婷

カンカン、コンコン、ダダダダン。

剣がぶつかり、影が舞う。足音が響き、棒と槍をかいくぐる。

私の故郷、広東省の掲陽市にある伝統舞踊がこの「英歌舞」だ。日本の時代劇の殺陣や中国拳法の演舞にストーリーをつけたものと言えば想像しやすくなるだろうか。そのストーリーは日本でも有名な水滸伝だ。

幼い私は、初めておばあちゃんに連れられて見に行ったとき、伝統にも舞踊にも興味がなかった。家でアニメを見たほうがいいと思っていた。遠くから豪傑たちの隈取が目に入った。踊りじゃなくて演劇なのかと思ったとき、突然、銅鑼と太鼓が鳴り響いた。両手に短い棒を握り、跳びながらダダダッと演者が集まってきた。始まる! おばあちゃんのことも忘れて、わくわくしながら、次の動きを待っていた。

演者たちが隊形を組み、その隊形が颯爽と変わっていく。円陣になり、方陣になり、八の字になり、放射状になる。一斉に走り、止まり、向きを変え、動きを変える。目の前の演者が、さっと後列の演者と入れ替わり、目を奪う。銅鑼と太鼓に合わせた一糸乱れぬ動きは、まさにダンスだ。カンコンと棒を撃ち合う音が、ダンという足音の響きに重なって心地よい。

舞台の場面が変わり、弥勒菩薩の仮面を被った演者が現れたら、楽器が静かになった。もう終わったのかなとおばあちゃんの方を向いたら、おばあちゃんが笑顔で舞台を指差した。そのとき、また銅鑼と太鼓が打ち鳴らされた。いつのまにか、棒が剣に変わり、槍に変わり、突き、切り、殴り、蹴る。一対一で闘っているかと思えば、二対二になり、さらに仲間が増え、敵が増える。英雄たちの目まぐるしい活躍に目がくらむ。上から下から右から左から攻撃し、それを前に後ろに横に斜めに回転しながら危機一髪で避け、それでも隊列は崩さない。目の前で見る争いの迫力に怖くなり、おばあちゃんの手を握り締めた。

ハラハラ、ドキドキする戦いが終わり、周りから拍手が湧き起こる。私も両手が赤くなるほど手を叩いた。急に拍手が静まる。鉄の警棒を持った朝廷の役人が白馬に乗って現れた。反対側から坊主頭の魯智深が登場した。傲慢な役人が魯智深に敗れ、白馬から転げ落ちて逃げ去る。その後ろ姿を観衆の大爆笑が追いかける。私も胸がすっきりした。豪傑たちの正義感、仲間を救う義侠心、そのかっこ良さに身震いした。

そんな私の様子を見て、おばあちゃんは何度も何度も歌舞劇に連れて行ってくれた。でも、何度も見るうちに、ストーリーがいつも同じだということに気付いた。先が読めるから、興奮が冷め、正直、飽きてきた。

「おばあちゃんは飽きないの? どうして、そんなにこの英歌舞が好きなの?」

また誘われたとき、私はとうとう我慢できずに訊ねた。

「おばあちゃんにはね、辛くて苦しいときがたくさんあったんだよ。そんなときに、この英歌舞がいつも勇気をくれたんだ」

笑顔で優しいおばあちゃんの予想もしない答えに私は黙ってしまった。

「文革で世の中が変わり、誰もが批判闘争に夢中になったとき、誰を信じていいかわからなくなった。心に霧がかかった辛いとき、あの英歌舞を見て励まされた。その感謝の気持ちがあるから英歌舞を何度も見に行くし、お前が苦しいときにも英歌舞に励ましてもらいたいから何度も連れて行くんだよ」

私が知らなかったおばあちゃんの辛さと優しさを知り、涙が出そうになった。大学生の今なら、おばあちゃんの気持ちがもっとわかる。この英歌舞は清朝末期から故郷で流行したもの。アヘン戦争という辛く苦しい時期があったからこそ、この英歌舞が民衆を励ましてきた。温故知新の言葉の通り、伝統を教わることで私は多くを発見できた。

このリズミカルで胸踊る英歌舞は、残念ながら日本人に知られていない。困難を乗り越えた世代が、自分たちも孫の世代も励ます英歌舞。この伝統と心を、日本人が知らない新しい魅力として、私は日本人に伝えたい。
(指導教師 邢雅怡、濱田亮輔)

林雪婷(りん・せつてい)

1996年、広東省出身。東北大学秦皇島分校日本語学科2年。この作文コンクールへの参加は、今回が初めて。
作文は「日本人に伝えたい中国の新しい魅力」をテーマに選び、ふるさと広東省掲陽市に伝わる勇壮な舞踊「英歌舞」について書いた。「家族にいろいろ教えてもらい、先生方にも何度も指導していただいた。受賞を聞いた時には、飛び上がるほどうれしかった。先生方をはじめ、励ましてくれた友人、家族にもお礼を言いたい。この作文の受賞で、一人でも多くの日本人に『英歌舞』の魅力が伝われば……」と受賞の喜びを語る。趣味は読書で、とくに「小説を読むこと」だという。
 

※本文は、第13回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「日本人に伝えたい中国の新しい魅力」(段躍中編、日本僑報社、2017年)より。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。

 

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