町立日本語学校の今――北海道東川町の挑戦――(第1回)

町立日本語学校の今――北海道東川町の挑戦――(第1回)


[写真文化首都、写真の町・東川町という文字が掲げられた東川町役場]

東川町を訪れたのは、断続的に雪がちらちらと舞う2月8日。地方の田舎の町が日本語学校を運営するのは、労働力確保か観光誘致のいずれかで、なんとも短絡的な発想ではないかと思っていた。しかし、そうしたうがった見方は数時間であっけなく覆された。

全国各地で公設型あるいは公設民営型の日本語学校が注目を集めている。国際交流によって地域を活性化させたいというのがその理由だ。実際には日本語学校に入学する外国人留学生をアルバイトとして活用し、労働力不足に悩む地元産業を維持していきたいという思惑があるようだ。外国人留学生は日本で勉強をすることを目的に留学生ビザを取得して入国する。その一方で出入国管理及び難民認定法第19条第2項に定められる資格外活動許可申請をすれば、1週間に28時間、1日8時間までの就労が認められる。この制度の枠を超えて労働させるケースも少なくないようだ。いわゆる「偽装留学生」や「デカセギ留学生」などと揶揄される所以だ。

しかしながら町をあげて留学生を歓迎し、国際交流と人材育成に本気で取り組み、日本語学校を起点に地域活性化を目指す自治体があった。北海道東川町がそれだ。東川町は旭川市の東に位置し、大雪山国立公園の麓、人口約8,000人の町である。お米と工芸、観光の町として年間100万人以上の観光客が訪れる。開拓90周年の1985年に「写真の町」を宣言し町の活性化に努めてきた。一時は6,000人台にまで落ち込んだ人口も約8,000人まで回復している。北海道では2番目に増加率が高い自治体だ。


[町立日本語学校に掲げられた町の姿勢を示すポスター。自治体ベンチャーと自称する]

この町は面白い。官民一体となって町をよりよくする制度が整っている。老人福祉や子育て支援も手厚い。教育や文化施設も充実している。特区申請による幼保一元化にはいち早く取り組み、ふるさと納税は「ひがしかわ株主制度」という独自の解釈を加えて促進している。町内だけで使えるポイントカードも始まった。人口が8,000人に回復した2014年、「写真の町」から歩を前に進め、「写真文化首都宣言」を行った。町がその次に掲げるのが「世界の人々に開かれた町」である。

東川町はカナダやラトビアの都市と姉妹都市条約を結び、韓国の都市とは文化交流協定を結ぶ。2009年には韓国の中高生46名を受け入れ、東川町短期日本語・日本文化研修事業をスタートさせた。成長著しい近隣諸国と友好をはかり、日本語・日本文化を世界に発信することを通じて国際交流を続けており、2014年までの5年間に約1,000名の短期滞在の日本語学習者を受け入れた。もっともこの事業が具現化したのには偶然も手伝った。町内の専門学校で学んだ留学生が町を好きになり、留学生から町内滞在型の日本語学習で外国人を誘致してはどうかと提案があった。それをすぐに実現すべく、町の担当者が韓国に飛び、話をまとめてきたという。そのスピーディーな対応に町づくりへの姿勢が現れているように感じる。町を好きになった外国人が、次の外国人をつれてくるという好循環も生まれている。


[地域交流センターを併設した東川小学校。児童は700名以上。200メートル以上直線の平屋に開放的な教室が並ぶ]

そして2015年10月、全国初となる公立日本語学校が誕生した。背景にあったのは少子化だ。町の教育機関に通う学生がピーク時から半減し、学生寮の空き部屋が増えた。「学生がいなくなっては町が終わってしまう」という危機感が生まれた。そこで、数が増加してきていた短期留学生に、町に一定期間生活してもらい、しっかりと日本語を学び、日本文化を学んでほしいと、町立日本語学校の設置に向かったのだ。


[ふかふかの雪に覆われる小学校校舎を改装してつくられた東川日本語学校]

充実した町の奨学金制度や寮費の補助、町のスタッフである国際交流員が留学生の相談に乗るなど独自の制度を整え誕生した東川日本語学校。設立目的には、「日本語、日本文化を世界に広め、日本語教育を通して国際貢献を行う」「東川町を世界に向けてPRし、世界に開かれたまちづくりを推進する」「交流人口を増やし、地域および地域経済の活性化を図る」とうたう。それを単なるお題目にするのではなく、実現に向けて努力しているように感じた。

第2回:町立日本語学校が起点となる町の活性化――松岡町長に聞く―― につづく
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特集:日本語教育と地方創生

人口減少が急速に進む地方都市において、日本語学校を地域の活性化に結びつけている町があるのをご存じだろうか。北海道旭川空港から東に車で15分の東川町だ。2015年10月、日本初の公立日本語学校を開校し、町をあげて外国人留学生を歓迎している。「偽装留学生」や「デカセギ留学生」などと揶揄されることが多い昨今、地方の公設の日本語学校がどのように留学生と付き合っているのか。雪深い町立東川日本語学校を訪ね、その実情を通して、日本語教育と地方創生の可能性について考えてみた。

阿久津 大輔(あくつ・だいすけ)「にほんごぷらっと」編集長

投稿者プロフィール

日本語教育情報プラットフォーム設立時より事務局を担当し、フェイスブックページ「日本語教育情報プラットフォーム」の管理人として情報を発信。2017年9月よりネットメディア、言葉が結ぶ人と社会「にほんごぷらっと」編集長。専門分野は外国人人材のキャリアプランニング。

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イベントカレンダー

6月
12
12:00 AM 留学生対象の日本語教師初任者研修... @ オンライン(ZOOM)
留学生対象の日本語教師初任者研修... @ オンライン(ZOOM)
6月 12 2024 @ 12:00 AM – 1月 31 2025 @ 12:00 AM
日振協による文部科学省委託の初任研修が今年も始まります。 告示校で10年程度専任で経験されている方対象です。 OJTで実際の運営に関わりながら研修運営を肌で学んでいただけます。 研修詳細は協会ホームページより、チラシと募集案内をダウンロードしてご確認ください。   「日振協 留学生対象の日本語教師初任者研修」は「オンライン映像講義」「(オンライン)集合研修」「自己研修(自律的学習)」の三位一体の編成により、①自律的・持続的な成長力 ②対話力 ③専門性という3つの資質・能力の育成を目指すもので、忙しい仕事の合間を縫って学べるよう、また地方の教育機関に所属している受講生への負担を減らすため、e-Learningを利用した研修となっています。 2020年度から、この初任者研修と並行して、「育成研修」を併せて実施しています。「育成研修」は初任者研修のサポートを行いながら研修の企画や実施方法を学び、将来全国各地で初任者研修の実施担当者として活躍していただく人材を育成する研修です。具体的には以下のことを目指しています。 ①初任者教員の協働的かつ自律的な学びを支援し、21世紀に活躍できる日本語教師としての資質・能力及びICT活用能力の獲得へと導く ②研修委員に必要な経験と能力を身につける 研修は、フルオンライン(zoom使用)で実施いたします。学内で初任者の指導を任されている方、地方在住でなかなか研修機会に恵まれない方など全国各地からご参加いただきたく存じます。修了生は今後実施委員になっていただく可能性もございます。どうぞ奮ってご応募ください。 チラシ(PDF 裏表2頁/1枚)
6月
29
12:00 AM 留学生に対する日本語教師初任研修 @ オンライン
留学生に対する日本語教師初任研修 @ オンライン
6月 29 2024 @ 12:00 AM – 1月 31 2025 @ 12:00 AM
本研修のカリキュラムは文化審議会国語分科会の「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)」に基づいており、初任者が体系的・計画的に日本語指導を行うための実践的能力として (1)自律的・持続的な成長力 (2)対話力 (3)専門性 の3つの資質・能力の養成を狙いとした90単位時間のプログラムです。忙しい仕事の合間を縫って学べるよう、また地方の日本語教育機関の新任の先生方への負担を減らすため、e-Learningを利用した研修となっています。 研修形態はフルオンラインです。昨年度同様、今後日本語教師にますます求められるであろうICT活用能力(オンライン授業やハイブリッド授業の実践等)に重点を置いた研修を行います。 つきましては、ぜひ多数の日本語教師初任者の方にご参加いただきたく下記のとおりご案内いたします。どうぞよろしくお願い申し上げます。 チラシ(PDF 表裏2頁/1枚)
7月
27
1:30 PM 凡人社日本語サロン研修会 『でき... @ 大阪会場TKP 大阪本町カンファレンスセンター
凡人社日本語サロン研修会 『でき... @ 大阪会場TKP 大阪本町カンファレンスセンター
7月 27 @ 1:30 PM – 4:00 PM
凡人社日本語サロン研修会 『できる日本語』ブラッシュアップ講座 ~課題に向き合い、仲間とともに,より良い実践をめざしませんか~   [日時・会場・定員] 全日:13:30~16:00(受付開始 13:00) ※各会場先着順、定員になり次第締め切ります     【日付】2024/7/27 (土) 【会場】大阪会場TKP 大阪本町カンファレンスセンター(大阪市中央区久太郎町3-5-19) 【定員】80名   【日付】2024/9/1 (日) 【会場】福岡会場博多バスターミナル(福岡市博多区博多中央街2) 【定員】60名   [対 象] 主に日本語学校の教師・関係者、日本語教育ボランティア、日本語教育に関心のある方   [参加費] 無料 ※要予約   [講 師] 嶋田 和子 先生(『できる日本語』監修) 他『できる日本語』著者の先生方   [内 容] 『できる日本語』の輪が広がり続け、「実践について学べる場がほしい」という声がたくさん寄せられています。 そこで、現在『できる日本語』を使っていらっしゃる方々に向けて、「ブラッシュアップ講座」を開くこととしました。 当日は、具体例を挙げながらより良い実践について考えていきます。 事前にお寄せいただいた質問の中から共通の課題を取り上げ、ご一緒に解決に向けて考えていきます。 また、すでにあちらこちらで【できる日本語ネットワーク】が生まれていますが、今回の対面講座で、さらに新たな輪が生まれることをめざします。   [お問い合わせ・お申込み] 主催:アルク・凡人社 お問い合わせ・申し込み先(担当:凡人社/坂井)   E-mail:ksakai@bonjinsha.co.jp   ※下記お申込みフォームかQRコードかメールにてお申し込みください。 メールでお申し込みの際はタイトルに「日本語サロン研修会(●/●)@●●」と入れて、本文にご氏名・ご所属・ご連絡先をご記入ください。 ※●/●部分は開催日時と場所をご記入ください。   お申込みフォーム→https://x.gd/3kYVu
8月
5
10:00 AM 令和6年度日本語学校教育研究大会 @ 国立オリンピック記念青少年総合センター
令和6年度日本語学校教育研究大会 @ 国立オリンピック記念青少年総合センター
8月 5 @ 10:00 AM – 8月 6 @ 4:30 PM
令和6年度日本語学校教育研究大会 1 開催日時 本大会 2024年8月5日(月)10:00~16:45 8月6日(火)10:00~16:15 ポストセッション 2024年8月23日(金)19:30~21:00 2 会場 国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区) 3 参加方法 会場参加:8/5、6は会場参加。後日一部プログラムのアーカイブ配信視聴可。8/23ポストセッションに参加可。 オンライン参加:一部プログラムのライブ配信・後日アーカイブ配信を視聴可。8/23ポストセッションに参加可。 3 応募締切:2024年7月24日(水) 4 詳細、申込方法 https://www.nisshinkyo.org/news/detail.php?id=3163&f=news 「日本語教育の適正かつ確実な実施を図るための日本語教育機関の認定等に関する法律」施行に伴い、各校においては教育理念や到達目標、評価方法、および教育・学習内容等の見直しを進められていることと存じますが、認定されることがゴールではなく、その先を見据えて、自分たちの教育、および学校全体を見直し、リニューアルすることが大事なのではないでしょうか。 今回は、大会のテーマを「これからの新しい日本語学校の話をしよう」とし、プログラムを企画しました。 日本語学校教育に興味・関心をお持ちの方ならどなたでもご参加いただけます。 皆様のご参加お待ちしております。 【8/5】 講演「日本語教育機関の認定と登録日本語教員について」 (文部科学省総合教育政策局日本語教育課) 講演「技能実習制度及び特定技能制度をめぐる状況と育成就労制度の創設について」 新井靖久(出入国在留管理庁政策課 課長補佐) 講演「『逆向き設計』論に基づくカリキュラム設計-より良い教育評価を目指して」 奥村好美(京都大学 教育学研究科 教育学環専攻教育・人間科学講座准教授) パネルディスカッション 加藤早苗(インターカルト日本語学校 校長)亀田美保(大阪YMCA日本語教育センター センター長) 山本弘子(カイ日本語スクール 代表) 【8/6】 分科会Ⅰ「大学との教育連携を考える~送り出し側と受け入れ側の視点~」 分科会Ⅱ「自ら学び続けるために~学習者と教師のオートノミー~」 義永美央子(大阪大学 国際教育交流センター 教授) 分科会Ⅲ「モジュールボックスを使って学習活動と評価を考えよう!」 自由研究発表・ポスター発表・デモンストレーション・トーキングショップ 協賛団体紹介ブース 【8/23】 ポストセッション(オンライン交流イベント) 〔問い合わせ先〕一般財団法人日本語教育振興協会 事業部 小野寺陽子 TEL:03-6380-6557 FAX:03-6380-6587 E-mail: nisshinkyo2@gmail.com

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