「技能実習生にとっての日本」――誰のための実習期間延長なのか?

「技能実習生にとっての日本」――誰のための実習期間延長なのか?

法務省の統計によると、2017年6月末時点で、約25万人の技能実習生が日本に住んでいます。在日外国人は247万人ですから、10%を占め、留学生も約29万人ですから、約12%です。約1年前のデータですから、1年後には確実に増えているでしょう。多くの報道で、全体の20%以上を占める実習生・留学生が、日本の産業を支えているということを見聞きします。

昨年11月から一定の条件の下、実習期間の延長(+2年)・受け入れ人数枠の拡大を始めました。また、2018年4月には、「5年満了の実習生及び同等の能力を有するものにさらに+5年の在留を認める法案を提出する」という報道がありました。まだ、細則が決まっていないので、具体的なことはわかりませんが、この報道以後、介護業界を中心に歓迎ムードが高まっているように感じます。

現在でこそ、経済格差と、「日本」というブランドのおかげで、毎年、日本に来る実習生・留学生は増加しています。しかし、経済格差もいつまでも今のままではなく、日本というブランドも、こと「出稼ぎ先」に限っては、マイナス・イメージが増えていることも事実です。建設や縫製等の実習生は、非常に希望者が少なく、人材募集に非常に苦労しています。

決して多くない5年滞在を希望するベトナム人

日本の現場が期待している長期滞在型(3年以上)の外国人人材ですが、こと実習生及び、現在、「出稼ぎ留学生」と揶揄される留学生に限れば、10年どころか、まず5年の滞在を希望する人材も決して多くないと考えています。私がそう考える理由をいくつが挙げてみます。

(1)ベトナム人の家族に対する考え方が日本とは異なる点

日本で3年を満了し、+2年のつもり、帰国したとしても、空港で、3年ぶりに両親・配偶者・子どもをはじめとした家族に会い、故郷に帰って、さらに家族・親戚・友人に会い、昔懐かしいベトナム料理を食し、「やはり故郷がいい」と考えが変わっても全くおかしいと感じません。3年はもちろん、+2年も、家族帯同は認められていません。むしろ、家族愛が異常に強いベトナム(恐らく他の東南アジア諸国も同様でしょう)において、3年、離れることすら、空港で、抱き合って、目を腫らして、泣く泣く別れますから、そこからさらに+2年をヨシとする文化なり風土なのかと言われると、自信を持って、「そうだ」とは答えられません。私自身も父になって、わかりましたが、子どもがとても小さい状況で、3年も直接、顔を見られない状態は、胸が張り裂けるほど辛いです。この感覚は、ベトナム人に限らず世界共通でしょう。

(2)実習生の期間を延ばしても、制度上、全ての企業が人手不足の解消ができるとは限らない点

3年間は、例外を除き、基本的に、会社を変えることは非常に少ないですが、+2年は、同職種であれば、企業を変えることが可能です。送り出し機関も、間に入る監理団体も変更が可能です。愛社精神や御恩と奉公のような意識が日本に比べて希薄な実習生において、少しでも、待遇や人間関係に不満があれば、あっさり企業を変更されることでしょう。外国人に限らず、給料が高い企業に人材が集まるのは当然の流れです。今、自社で働いている実習生が、3年満了後も、仮に+2年の希望があったとしても、自社に残ってくれる保証はどこにもありません。

(3)ベトナム人にとっての幸せ

改めて言いますが、ベトナム人にとっての幸せとは、経済的な豊かさより、精神的な豊かさです。お金がたくさんあるよりも、家族と共に健康に過ごすことのほうが幸せだと考える傾向にあります。そのため、いつまでも家族が離れ離れの状態で、ヨシとは言えないのです。このお国柄を知らずに、実習生にWi-fi環境を与えない受け入れ企業も未だに少なからず存在しますが、それによって起こるリスクを全く考えられていないと非常に残念に感じます。

まして10年滞在を希望するベトナム人がどこまでいるのか

次に+5年(計10年)についても、どこまで希望者がいるのか懐疑的に見ています。理由は、+2年とほぼ同様です。

(1)二重のハードル

実習生の場合、+5年の資格は、5年を満了し、さらに試験合格等の一定の条件をクリアした場合に限るとの報道内容ですが、上記の通り、+2年の希望者が少ない可能性がある以上、まず、この+5年の入り口に立てる人材も同様に少ない可能性が高いです。この考え方は介護分野でも同様です。介護福祉士資格を取得した場合、「就労」への資格変更をできるとなっていますが、国家試験の受験資格を充たす人材がどこまで増えるのかは、現状、非常に不安視しています。

(2)仮に家族帯同が認められなかった場合

一時帰国等は、実習生に比べ、自由度は増すとは思われますが、それもタダではありませんし、基本的には離れ離れですから、足掛け10年もそれを望む人間がいるのかという問題があります。

(3)5年後なり10年後の人材送り出し国との経済格差の問題

現状でこそ、ベトナムの最賃がハノイ等の都市部で2万円にも満たず、世帯月収でも5万円に届かない家庭出身の実習生も多く、日本で、1ヵ月10万円から15万円もらえるとなれば、法外な出国費用を請求されても希望する人材はまだ存在します。ベトナムに限れば、毎年、最低賃金が上昇し、2018年現在、都市部で398万VND(2016年270万VND)ですので、ここ3年で、47%もアップしていることになります。昇給率は徐々に下がっていて、直近は6%です。仮に年率5%で進めば、5年後の2023年には500万VNDを超えます。※1円=211VND(2018年4月20日現在)

現在の平均月収は300~400USD/月と言われていますが、最賃とのバランスを考えると、5年後には、500~600USD/月の世帯数も多くなる可能性が非常に高いです。出稼ぎ労働力にとって、経済格差が2倍を切ったら、魅力が半減すると言われていますが、5年後で、辛うじて、2倍を維持できているかどうかという状態です。10年後に至っては…。

限界を迎えた技能実習制度

日本の産業構造として、ほぼ全ての業界で、中小企業が経済を支えています。さらに実習生を雇用している企業も圧倒的に中小企業が多く、その本音は「日本人より安いから」というのが必ずあります。人件費を抑えたい企業が、外国人が満足できる給与をいつまで提示し続けることができるのかという問題に必ず直面します。仮に家族帯同が不可だった場合、「人材は欲しいけど、家族も呼ばないで、期間満了後は帰国してね」という、相手の国・国民性のことを全く考えていない非常に自分勝手な制度であると言わざるをえません。

悲観的なことを書いていますが、私自身は外国人の受け入れには賛成です。日本の全業界が、外国人無しには成り立たない状況に陥っています。ただ、建て前が崩壊している技能実習制度、現行のまま期間を計10年まで延長することには賛成できません。現状ですら、既に歪が出ており、日々、ネガティブな報道ばかりがされています。もちろん、実習生を家族のように扱い、3年間、何ごともなく、笑顔で帰国する実習生が多数いることも知っています。ただ、それでも、この制度は限界にきていると言わざるをえません。日本側にしても、送り出す国にしても、外国人材本人にしても、制度に関わる全ての人間がwin-winの状態になれる制度設計が必要だと考えています。

実習生送り出し機関日本語教師寄稿者

投稿者プロフィール

大阪の商社を退社後、2013年10月、日本語教師養成講座修了。同年12月、日本語教育能力検定試験合格。2014年に渡越から約3年半、外国人技能実習生に日本語を教えている。

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第11回日本語教育支援システム研究... @ 英キール大学(Keele University)
8月 26 @ 10:06 AM
第11回日本語教育支援システム研究会(CASTEL/J)国際大会 第11回日本語教育支援システム研究会(Computer Assisted Systems for Teaching and Learning Japanese – CASTEL/J)国際大会を英国中部スタッフォードシャー州にあるキール大学(Keele University)にて英国日本語教育学会(BATJ)・キール大学ランゲージ・センターとの共催で開催することとなりました。 日本語教育支援システム研究会国際大会は、日本語教育関係者、日本語教育のリーダーに日本語教育におけるテクノロジー使用の最先端の動き、将来の方向性を共有する機会を作ってきました。2020年のパンデミックにより授業のオンライン化・ハイブリッド化が進み、それに加えて、この数年の人工知能(AI)技術の急速な発展と普及により、日本語教育は元より私たちを取り巻くテクノロジー環境が大きく変化しています。これらの技術的発展を効果的に教育・学習に取り入れ促進していくことは今まで以上に重要となっています。世界中からこの分野の優れた研究者、実践者が集まるこの国際大会に是非ご参加ください。 日時:2025年8月26日(火)〜27日(水) 会場:英スタッフォードシャー州キール大学チャンセラーズ・ビルディング 共催:英国日本語教育学会(BATJ)、キール大学ランゲージ・センター

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