やさしい日本語とAI翻訳が出会う時 その3 「AIやさしい日本語」の提唱

やさしい日本語とAI翻訳が出会う時 その3 「AIやさしい日本語」の提唱

<「やさしい日本語」とAI翻訳の違い>

従来からの「やさしい日本語」は、もっぱら日本語を多少理解する外国人が対象であり、彼らが日本語で理解できるように日本語を話す側が表現を調整する。外国人が使う教科書や日本語能力試験の判定結果を参考にやさしさの目安を定め、日本語教育関係者らが言い換えや表現の工夫の研究や実践を進めてきた。

一方、AI技術を活用した多言語翻訳システム(以下「 AI翻訳」)は、日本語ネイティブが話す自由度の高い文章でも他の言語に翻訳できることを目標とする。昨今ではAI技術の一種である「ニューラルネットワーク」を使い、日本語文と他言語文の対訳データを大量に集め分析することで、極めて自然な翻訳に近い結果を出せるようになってきた。開発に関わっているのは主に言語学者とコンピュータ技術者である。

<AI翻訳の限界、英語の限界>

常にAI翻訳ツールを通じたコミュニケーションが実用的かどうかは別にして、多くの日本人は言語の壁をすべて技術が解決してくれることを望み、その日が来るのを待っているのではないだろうか。しかし、そのような日はそうそう来ないだろう。

 

  1. 英語翻訳ほどは進化しない、その他言語の翻訳

大量の対訳データを基にしたニューラルネットワークの出現で、AI翻訳の精度は飛躍的に向上した。日本語・英語間では自由度の高い表現でもズバリ翻訳する製品も登場している。だが、将棋のようにコンピュータが自己対戦を繰り返して強くなっていくような仕組みはAI翻訳の世界では使えない。他の言語を英語と同じ水準の精度にするためには、それぞれの言語で日英の翻訳データと同規模の対訳データを用意しなければならない。そのためには一つ一つの言語で莫大な投資が必要となる。おそらく今後もベトナム語やネパール語との翻訳が英語と同等精度になるとは考えづらいだろう。

 

  1. 英語を母語としない人と、英語翻訳を介して話すことの困難性

英語の翻訳精度が画期的に上がれば、相手が仮に英語を理解するタイ人であれば、タイ語ではなく英語でAI翻訳を使えばいいと考える人もいるだろう。しかし、それではまず機能しない。日英設定でAI翻訳ツールを使うということは、相手はAI翻訳が認識できる英語の発音で話す必要がある。タイ語に影響を受けた英語ではなく、アメリカ英語やイギリス英語の標準的な発音で話さないとまず認識しない。アメリカやイギリスなどの英語ネイティブ話者は別にして、世界中の人たちと日英のAI翻訳だけを使って双方向コミュニケーションするのは、相当無理がある。

 

<「 AIやさしい日本語」の提唱>

このように「やさしい日本語」と「AI翻訳」は様々な点で位相が違い、また英語のAI翻訳精度だけが向上しても現実の社会では適応できない場合も多いが、両者とも「多言語対応のための重要な手段」であるという点で一致している。実際、英語以外の言語についても、「やさしい日本語」の考え方を応用すれば、現在のAI翻訳でかなり実用レベルになっている。

私が所属する株式会社電通では、やさしい日本語ツーリズム研究会による社会啓発活動に加え、ダイバーシティ&インクルージョン課題のソリューション開発専門タスクフォースである「電通ダイバーシティ・ラボ」でもやさしい日本語のチームを立ち上げ、やさしい日本語による具体的なソリューションを提供していくことにしている。その中で、AI翻訳活用のためのやさしい日本語を「AIやさしい日本語」と命名し、以下のように定義した。

ここで大事なことは、AIやさしい日本語は「できるだけ多くの言語で共通に使える表現」であり、英語など特定言語のためのものではないという点である。役所の窓口や学校などでは、対応すべき言語がどんどん出てくる。そのような場合でも、AI翻訳が一般的に翻訳しやすい表現を使えば、すでに31言語に対応しているVoiceTraなどを活用してある程度の対応が可能になる。

「やさしい日本語」とAIやさしい日本語の違いは今後の研究対象となっていくが、現時点で私が考えるポイントをまとめてみた。

この中でもっとも大事なコツは、「ハサミの法則(はっきり言う・最後まで言う・短く言う)」のうちの「短く言う」だと考えている。AI翻訳では1文を短く表現することで劇的に翻訳効率が向上する。また1文を短く言うリズムは、小さい子供に説明するときや、中学校の英作文で書く文に似ていることもあり、自然に選ぶ語彙もかんたんになっていく。このような話し方は同時に日本語初級の外国人にもわかりやすいものになっている。

日本語初級の外国人向けのやさしい日本語が、実際に相手にとってわかりやすかったかどうかを検証するのは難しい。これに対しVoiceTraなら、一定の秒数で音声吹き込みを打ち切り、翻訳結果をさらに日本語に戻した結果を表示することで、入力した文章や翻訳結果の精度を自分で検証できる。VoiceTraは、1文を短く言ったり、かんたんな言葉を選んだり、方言を使わないといったことを実践する「やさしい日本語のトレーニングツール」としても活用可能なのである。

<多言語対応とSDGs>

現在行政サービスの場などでは11カ国語を目処にした多言語対応が求められている。多文化共生における多言語対応とは、必要な場面では相手の母語での対応を保障しようということに他ならない。それは国連が決めたSDGsの「誰一人取り残さない-No one will be left behind」の考え方に近いといえよう。この観点からは、英語の対応体制を整えるよりも、対応できる言語数を増やす方が重要なのである。そしてその際はAI翻訳の活用が不可欠である。

AI翻訳は語彙レベルでは大変な情報量があるため、AIやさしい日本語をそのまま日本語初学者の外国人に話しても分からない場合も多いであろう。しかしまずはAI翻訳の活用で1文を短かく言い語彙を調整する習慣を身につけることで、一橋大学庵功雄教授の言う「地域における共通言語」としてのやさしい日本語の普及も加速化することができると考えている。

多言語対応におけるAIやさしい日本語から始め、多文化共生における「やさしい日本語」の本格普及を図ることは、SDGsにも沿う施策と言えるのではないだろうか。やさしい日本語とAI翻訳の親和性を明記した総務省は、ICTと地方自治の両方を所管する官庁である。総務省の今後のリーダーシップを期待したい。

吉開 章

吉開 章(よしかい・あきら)

吉開 章(よしかい・あきら)寄稿者

投稿者プロフィール

やさしい日本語ツーリズム研究会事務局長、株式会社電通勤務。2010年日本語教育能力検定試験合格。会員3万人以上の日本語学習者支援コミュニティ「The 日本語 Learning Community(Facebook参照)」主宰。ネットを活用した自律学習者に詳しい。2016年「やさしい日本語ツーリズム」企画を故郷の福岡県柳川市で立ち上げ。論文・講演実績などはこちら(WEB参照)。

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6月
13
1:00 PM 第61回 外国人による日本語弁論大会 @ ふくやま芸術文化ホール リーデンローズ(広島県福山市)
第61回 外国人による日本語弁論大会 @ ふくやま芸術文化ホール リーデンローズ(広島県福山市)
6月 13 @ 1:00 PM
  第61回 外国人による日本語弁論大会 The 61st International Speech Contest in Japanese 世界の人々に日本語で意見を発表する場を提供することにより、日本や国際社会のあり方をお互いに考え合うことを目的としています。1960年より毎年開催されております。第61回大会は、広島県福山市で以下の要領で開催されます。 日時 2020年6月13日(土)午後1時開始 会場: ふくやま芸術文化ホール リーデンローズ(広島県福山市) 応募受付期間: 2020年2月17日(月)から4月23日(木) 主催: 国際教育振興会、国際交流基金、福山市 後援: 外務省/文化庁/広島県/広島県教育委員会/福山市教育委員会/公益財団法人ひろしま国際センター/ふくやま国際交流協会/公益社団法人福山観光コンベンション協会/福山商工会議所/エフエムふくやま/ NHK / NHKエデュケーショナル/日本語教育学会 協賛: キッコーマン株式会社/専門学校新聞社/にほんこの凡人社/リコージャパン株式会社/株式会社スリーエーネットワーク/鞆鉄道株式会社/福山ニューキャッスルホテル/ツネイシホールディングス株式会社/株式会社エフピコ/アイデアル株式会社/学校法人 穴吹学園/外国人留学生を支援する会/一般財団法人義倉/学校法人教文学園 広島アカデミー/国際ソロプチミストローズ福山/有限会社ぬまくま夢工房/専門学校 福山国際外語学院/福山市日本中国友好協会/福山大学/福山元町通商店街振興組合/株式会社ブランパートナーズ/まごころ料理 ふな家 第61回実施要領、申込書などはこちら → ポスター → 実施要領 → 申込書(Word) → 申込書(PDF)
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27
12:30 PM 第29回 小出記念日本語教育研究会 @ 国際基督教大学
第29回 小出記念日本語教育研究会 @ 国際基督教大学
6月 27 @ 12:30 PM – 5:30 PM
第29回小出記念日本語教育研究会 ――開催のお知らせと発表の募集―― 小出記念日本語教育研究会を下記の通り開催いたします。今回も、口頭発表とポスター発表を募集いたします。募集要項をご覧の上、ふるってご応募ください。 さて、社会の変化に伴い、学習は教えられた知識をただ覚えることから、知識を社会と結びつけること、社会において実践すること、複雑化する社会の問いに対して、自分と他者との意見をまとめてよりよい答えを提案することへと変化しようとしています。また、このように急速に社会が変化する中で、グローバル化は進み、日本語教育も大きな変化の時期を迎えていると言えるでしょう。今後、日本社会の変化に伴いどのような変化の局面を迎えるかは計り知れません。複雑化する社会の問いに対して、新たな価値を生み出す人材が求められていると言えるのではないでしょうか。 このような変化の流れの中で、言語教育/学習はどう捉えなおされるべきか、学習者の主体的な学びを支えるために教師は何ができるか、また、学習を活性化する活動にはどのようなものがあり、それは言語学習にどう取り入れることができるか、新たな学びを評価するとはどういうことか。このような様々な問いを参加者の皆さんとともに考え、明日の現場につながる何かを持って帰ることができる機会を持つことができないだろうかと考えました。 そこで、今回は、学習科学の分野を牽引していらっしゃる白水始氏(東京大学)をお迎えし、ワークショップを含みご講演いただくこととなりました。学習理論をベースとし、協調活動やテクノロジーを利用し学びの質を上げようとする実践的教育学である学習科学の視点から、複雑な社会に立ち向かっていく学習者とその学びを支える教師に有益な示唆をいただけると期待しています。 多くの方々のご参加をお待ちしております。 2020年1月19日 第29回小出記念日本語教育研究会研究委員 世良時子・山岸宏明・高橋亘・中岡樹里 記 日時:2020年6月27日(土)12時30分より(会員総会は11時30分より) 場所:国際基督教大学(〒181-8585東京都三鷹市大沢3-10-2) 予定:11:30-11:45 会員総会 12:30-12:45 開会・プログラム説明 12:45-14:50  講演・ワークショップ「学習科学の視点から見た21世紀型スキルと言語学習-変化の時代における新しい学びと評価を支える」 講師:白水始氏(東京大学 高大接続研究開発センター 教授) 15:00-16:40 研究発表(口頭発表とポスター発表) 16:45-17:30  閉会・お茶の会 発表テーマ:日本語教育にかかわる研究(日本語学、異文化理解教育なども含む) ※オリジナリティのある未発表のものに限ります。 ※理論的な研究も実践報告もどちらも歓迎いたします。特に、日本語教育の現場における実践に基づいた研究の成果、および、現場と理論がどうつながるのかを問う内容を歓迎します。 発表形態:①口頭発表(発表20分、質疑応答10分) ②ポスター発表(A0判 84㎝×119㎝1枚以内の掲示および参加者との意見交換) 応募の資格: 応募の時点での会員資格は問いません。ただし、発表の採択決定後、発表年度(2020年度)の会費納入手続きが始まり次第、速やかに発表年度の会費を納入してください(会費納入状況によっては、発表取り下げとなる場合があります)。また、共同発表者の入会手続きは、筆頭発表者が責任をもって期日までに完了させてください。 ※年会費は支払いのあった年度のみ有効です。2020年3月末より前に納入された会費は2019年度分になりますので、ご注意ください。 応募方法:申込締切日までに研究発表申込フォームよりご提出ください。 https://bit.ly/2E5jNZt 何等かの理由により、オンラインフォームによる発表申し込みができない場合、下のURLからMicrosoft Word形式の「発表申し込みフォーム」をダウンロードし、必要事項をご記入の上、メールに添付し、下記の連絡先までお送りください。 https://bit.ly/36ojDsb 申込期間:2020年1月27日(月)~2020年2月23日(日) 締め切り日の2月23日(日)は、日本時間17時 必着 採否の通知:4月上旬までに審査の結果をメールでお知らせいたします。 連絡先: koide.happyo@gmail.com ※ご質問やお問い合わせもこちらへどうぞ。 注意:・応募の時点で未発表のものに限ります。他の学会・研究会の発表に応募している人が、同様の内容で本研究会の発表に応募すること(二重投稿)はできません。 ・いかなる理由があっても発表題目と内容の変更、発表者の増減は認められません。 その他:・採択の際に、研究委員より発表内容等に助言を与えることがあります。 ・採択の場合は、5月中旬までに予稿集の原稿をお送りいただくことになります。 ・研究会後、10月下旬までに論文集(2021年3月発行予定)掲載用要旨をご提出いただきます。 ・ご応募いただいたデータは、採否にかかわらず、1年間の保存期間のあとで責任をもって削除いたします。
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