政府の「やさしい日本語」の取り組みが始まった

政府は7月24日、骨太方針2018を踏まえた「外国人の受け入れ環境の整備に関する業務の基本方針」を閣議決定した。「今後の外国人労働者受け入れ」という文脈で大々的に報道された骨太方針だったが、閣議決定の基本方針はすでに在住している外国人も含めた「多文化共生」社会作りとして位置付け、人権・医療・保健・福祉・子女の教育にまで踏み込んだものになっている。多様な価値観を認める 多文化共生社会 の実現を国民の呼びかけたことは高く評価できよう。

外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(検討の方向性)(案)(以下「対応策案」)の「1 はじめに」の章では以下のように述べている。

今後も我が国に在留する外国人は増加していくものと考えられるが、外国人と地域社会との間には、言葉や習慣等の違いから課題が生じている場合も少なくない。我が国としても、日本で働き、学び、生活する外国人の処遇や生活環境等について、一定の責任を負うべきものである。外国人を、孤立させることなく、社会を構成する一員として受け入れていくという視点に立ち、外国人との共生社会の実現に向け、外国人が日本人と同様の公共サービスを享受し、生活できる環境を整備しなければならない。

また、我が国に在留する外国人との共生社会を実現するには、受け入れる側の日本人が共生社会の実現について理解し、協力するように努めなければならない。

上記文中の「外国人を、孤立させることなく、社会を構成する一員として受け入れていくという視点に立ち」という言葉は、力強い意志を感じさせる。また「外国人が日本人と同様の公共サービスを享受し、生活できる環境を整備」の部分は、国の責務を明確化させたものであり、新規労働者受け入れに限らず、現在の地域社会の課題を解決する施策として期待したい。

2006年に総務省が地方自治体の社会づくりの指針として「多文化共生プラン」をまとめているが、政府として共生の理念を閣議決定した意味は大きい。とりわけ私が注目するのは、「受け入れる側の日本人が共生社会の実現について理解し、協力するように努めなければならない」の部分である。これは国民に対する要請であり、政府の基本政策でこのように明言されたのは初めてであろう。

もちろんこの「日本人」は国民全体を指すわけであるが、事態を拙速に進めようとすると、様々な軋轢が起こる可能性もある。そもそも今回の外国人施策は労働力確保という社会要請から来ている。政府の意図としてはまず労働者を受け入れる個々の「雇用者」が職場の共生環境作りに協力すべきだと考えている。そのために財界や経団連・日本商工会議所・全国中小企業団体中央会・経済同友会などの使用者団体並びに各企業にも責任を持った対応を求めていくことになろう。

「はじめに」に明確に書かれているように、外国人と向き合う際の大きな課題は「言葉や習慣等の違い」が起因するものと言ってよい。雇用関係は外国人に限らず、業務の指示、伝達をスムーズに行うことでいい職場環境が作られる。日本語能力試験N4程度の日本語教育は国の責務で施していくとしても、職場の日本人側が外国人に配慮してコミュニケーションを調整しない限り、ビジネスはうまくいかないだろう。日本人側が満足するための会話を外国人に強要するとしたら、「日本語ハラスメント」ともいうべき新たなパワハラになるのではないか。

この日本人側のコミュニケーションの調整が、「やさしい日本語」である。雇用の現場でもすでに「やさしい日本語」に注目しているところもある。

2017年、「めんべい」で有名な福岡県の山口油屋福太郎では、ベトナム人技能実習生のために職場の同僚が「やさしい日本語」を学んだ。この研修は西日本新聞にも取り上げられている。

同じく福岡県の柳川市にある特養ホーム「ふるさとホーム」も、ベトナム人技能実習生を初めて迎え入れるのをきっかけに、介護スタッフが「やさしい日本語」の研修を受けた。

さらには、大阪外食産業協会では、外国人スタッフ受け入れのために外食産業全体として「やさしい日本語」に取り組もうとしている。同協会は技能実習の対象に「飲食」のカテゴリーを作るべく同協会井上泰弘常任委員が精力的に活動している。井上氏は受け入れ側のコミュニケーションの調整が必須だと、外国人採用プロジェクト立ち上げ当初から「やさしい日本語」に注目している。

今回の閣議決定では「やさしい日本語」に関する具体的な記載はなかったが、日本語教育推進議員連盟が秋にも法案提出する予定の日本語教育推進基本法(仮称)の自治体へのヒアリング段階では、横浜市などが「外国人材を受け入れる企業などが「やさしい日本語」の研修を受ける機会の確保」という意見を出している(2017年6月5日明治大学での馳浩議連事務局長講演の資料より)。今回の閣議決定で雇用者側の受け入れ姿勢についても役割を求めていることは、国レベルでの「やさしい日本語」への取り組み宣言になっているのではないだろうか。

現状「やさしい日本語」については法案に記載できるような定義がはっきりしておらず、基準となっている語彙・文法も公開されていない(コラム参照)。今回の閣議決定にもある「生活・就労に必要な日本語能力を確認する能力判定テスト」や「日本語教育を効果的に行える日本語カリキュラムや教材の開発」などと連携し、それに対応した「やさしい日本語」を定義していくことが重要であろう。

吉開章

吉開 章(よしかい・あきら)寄稿者

投稿者プロフィール

やさしい日本語ツーリズム研究会事務局長、株式会社電通勤務。2010年日本語教育能力検定試験合格。会員3万人以上の日本語学習者支援コミュニティ「The 日本語 Learning Community(Facebook参照)」主宰。ネットを活用した自律学習者に詳しい。2016年「やさしい日本語ツーリズム」企画を故郷の福岡県柳川市で立ち上げ。論文・講演実績などはこちら(WEB参照)。

この著者の最新の記事

関連記事

コメントは利用できません。

イベントカレンダー

6月
12
12:00 AM 留学生対象の日本語教師初任者研修... @ オンライン(ZOOM)
留学生対象の日本語教師初任者研修... @ オンライン(ZOOM)
6月 12 2024 @ 12:00 AM – 1月 31 2025 @ 12:00 AM
日振協による文部科学省委託の初任研修が今年も始まります。 告示校で10年程度専任で経験されている方対象です。 OJTで実際の運営に関わりながら研修運営を肌で学んでいただけます。 研修詳細は協会ホームページより、チラシと募集案内をダウンロードしてご確認ください。   「日振協 留学生対象の日本語教師初任者研修」は「オンライン映像講義」「(オンライン)集合研修」「自己研修(自律的学習)」の三位一体の編成により、①自律的・持続的な成長力 ②対話力 ③専門性という3つの資質・能力の育成を目指すもので、忙しい仕事の合間を縫って学べるよう、また地方の教育機関に所属している受講生への負担を減らすため、e-Learningを利用した研修となっています。 2020年度から、この初任者研修と並行して、「育成研修」を併せて実施しています。「育成研修」は初任者研修のサポートを行いながら研修の企画や実施方法を学び、将来全国各地で初任者研修の実施担当者として活躍していただく人材を育成する研修です。具体的には以下のことを目指しています。 ①初任者教員の協働的かつ自律的な学びを支援し、21世紀に活躍できる日本語教師としての資質・能力及びICT活用能力の獲得へと導く ②研修委員に必要な経験と能力を身につける 研修は、フルオンライン(zoom使用)で実施いたします。学内で初任者の指導を任されている方、地方在住でなかなか研修機会に恵まれない方など全国各地からご参加いただきたく存じます。修了生は今後実施委員になっていただく可能性もございます。どうぞ奮ってご応募ください。 チラシ(PDF 裏表2頁/1枚)
6月
29
12:00 AM 留学生に対する日本語教師初任研修 @ オンライン
留学生に対する日本語教師初任研修 @ オンライン
6月 29 2024 @ 12:00 AM – 1月 31 2025 @ 12:00 AM
本研修のカリキュラムは文化審議会国語分科会の「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)」に基づいており、初任者が体系的・計画的に日本語指導を行うための実践的能力として (1)自律的・持続的な成長力 (2)対話力 (3)専門性 の3つの資質・能力の養成を狙いとした90単位時間のプログラムです。忙しい仕事の合間を縫って学べるよう、また地方の日本語教育機関の新任の先生方への負担を減らすため、e-Learningを利用した研修となっています。 研修形態はフルオンラインです。昨年度同様、今後日本語教師にますます求められるであろうICT活用能力(オンライン授業やハイブリッド授業の実践等)に重点を置いた研修を行います。 つきましては、ぜひ多数の日本語教師初任者の方にご参加いただきたく下記のとおりご案内いたします。どうぞよろしくお願い申し上げます。 チラシ(PDF 表裏2頁/1枚)
10月
25
10:00 AM 令和6年度生活指導担当者(中堅)... @ 国立オリンピック記念青少年総合センター
令和6年度生活指導担当者(中堅)... @ 国立オリンピック記念青少年総合センター
10月 25 @ 10:00 AM – 5:20 PM
令和6年度生活指導担当者(中堅)研修 当協会では、日本語教育機関における生活指導担当者の能力向上を図るため、標記研修を実施しております。 今年度におきましても下記により実施しますのでご案内申し上げます。 なお、令和7年2月頃に初任の生活指導担当者を対象にした研修を実施予定です。 皆様のご参加お待ちしております。 1 日時 令和6年10月25日(金)10:00~17:20 2 会場 国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区) 3 参加要件 日本語教育機関又は大学・専門学校等教育機関の現場において、 少なくとも3年程度実際に留学生の生活指導に携わっていること。 4 参加費 維持会員機関 8,800円(税込)/1人当たり その他の教育機関  17,600円(税込)/1人当たり 5 応募締切:令和6年9月27日(金) 6 詳細、申込方法 https://www.nisshinkyo.org/news/detail.php?id=3193&f=news 〔問い合わせ先〕一般財団法人日本語教育振興協会 事業部 小野寺陽子 TEL:03-6380-6557 FAX:03-6380-6587 E-mail: nisshinkyo2@gmail.com
11月
16
終日 2024年度 日本語教育学会_秋季大会 @ 姫路市市民会館(兵庫県)
2024年度 日本語教育学会_秋季大会 @ 姫路市市民会館(兵庫県)
11月 16 – 11月 17 終日
日本語教育学会 2024年度秋季大会 開催日 2024年11月16日(土)、17日(日) 会場 姫路市市民会館(兵庫県)

注目の記事

  1. 軍政と戦うミャンマーの民主派勢力、私たちに何ができるのか ロシアのウクライナ侵攻が続い…
  2. 有識者会議が政府に技能実習制度廃止を提言 政府の有識者会議が4月10日、外国人の技能実…
  3. 主権国家である以上、国境管理をおろそかにすることはできない。その重責を担うのが出入国在留管理…

Facebook

ページ上部へ戻る
多言語 Translate