海外の「日本語人口」を1億人に――人口減少時代への挑戦

日本が将来わたって向き合わねばならない最も重要な政治課題のひとつは、人口減少への対応だ。国立社会保障・人口問題研究所が最近発表した人口推計によると、2045年には日本の人口が今より約2000万人減少し、1億642万人になる。2030年以降は全都道府県で人口が減り、65歳以上の高齢者が50%を超える市町村が3割近くに達してしまう。一方、国連の人口推計では、2017年6月現在の世界の人口は76億人。毎年約8300万人増え、2050年には98億人になるとされている。

世界の人口は急増しているのに、日本の人口は減少の一途をたどる。少子化対策だけで人口減に歯止めをかけられる状況にはないことは明白だ。それでも、政府は移民政策を採らないと言っている。だったら、どうすればいいのか。

日本の人口が減っても、「日本語人口」は増やすことはできる

日本の人口が減っても、海外の「日本語人口」を増やすことは可能ではないか。ここでいう「日本語人口」とは、国籍や民族に関わりなく日本語を学習する人たちだ。日本人とコミュニケーションがとれる海外の人口が増えれば、インバウンドによる外国人観光客の増大につながり、貿易など経済交流も拡大するだろう。文化、芸術への海外の理解も一層深まるに違いない。

中国は世界に中国語を広めるため「孔子学院」を世界各国に設置している。「中国のプロパガンダ機関」だとの指摘もあるが、その数は2013年末で世界120カ国1086カ所、学習者は1億5000万人にのぼるという。英国は英語や自国文化を普及するために「ブリティッシュ・カウンシル」を世界100カ国以上に設けている。ドイツは「ゲーテ・インスティテュート」、韓国は「世宗語学堂」を通じて自国の言葉の普及を図っている。

日本には、言語の活用した外交戦略があるように見えない。日本語の普及といえば、外務省の外郭団体の国際交流基金が少ない予算をやり繰りして日本語教師の派遣や日本語能力試験などを行っている程度。国際交流基金によると、海外の日本語教育機関(大学の日本語学科など)の日本語学習者数は137の国と地域の合計でも365万人だ。単純な比較は意味がないかもしれないが、海外に日本語学習者は、孔子学院での中国語学習者のわずか2.4%でしかない。

クールジャパンの魅力を伝えるのは日本語

しかし、日本語に魅力がないというわけではない。政府の「クールジャパン戦略」では映画、漫画、ドラマ、アニメ、ゲームなどのほか、食文化、茶道、華道など日本文化、さらには日本観光も人気を博している。その魅力を作り、伝えるのが日本語だ。日本語は日本文化そのものである。

実は、海外には私たちの想像を超える数の日本語学習者がいるようだ。広告大手の電通と国際交流基金が台湾、韓国、香港の3つの国・地域で2016年6月から12月にかけて行ったウエブアンケートでは、男女計1000サンプルのうち、「現在日本語を学習中」との答えが、台湾が12.8%、香港が9.7%、韓国が16.3%だった。これを各国の人口をもとに推定したところ、3つの国・地域の日本語学習者は計800万人との結果が出た。基金の調査の教育機関の学習者数の10倍にのぼる。このウエブアンケートは、過去に学校で日本語を勉強した経験があった人や、独学で学んだ人たちを加えると、世界には数千万人の日本語学習者がいることを示唆していると言えそうだ。

また、ウエブアンケートでは、過去に日本語の勉強をしたことがある人を含めた「日本語学習経験者」は、台湾41.5%、香港31.3%、韓国40.7%。このうち、訪日経験ありと答えた人は、台湾83.1%、香港82.2%、韓国72.9%。この数字から訪日経験をきっかけに日本語学習を始めた人が多かったことが推測される。

4000万人の訪日観光客にも日本語学習を

さて、「日本語人口」をどのように増やすのか。まず着目すべきは観光目的のインバウンドの訪日客だ。訪日外国人観光客数は2013年に初めて1000万人を突破したあと5年連続で過去最高を記録。2017年は前年比19.3%増の2869万1000人で、5年前の5.3倍となった。政府は東京五輪・パラリンピックが開催される2020年に4000万人、2030年には6000万人にという目標を掲げている。

訪日経験と日本語学習に相関性があるとすれば、右肩上がりの訪日外国人観光客を日本語学習に呼び込むことで日本語人口は大きく伸びそうだ。観光客にどのように日本語の学習をさせるかについては、福岡県柳川市で行っている「やさしい日本語ツーリズム」が参考になる。台湾の団体観光客の4割が「少しでも日本語を話せる」のに着目した「やさしい日本語ツーリズム」は、日本語のすそ野を広げてくれそうだ。柳川市の水郷の素晴らしさを日本語で伝えられるだけでなく、日本人との交流も深められるという。

インターネットを通じてゲームやアニメに親しむ外国人をネットで学ぶ日本語の機会を増やすことも、「日本語人口」の増大につながるはずだ。中国である日本語のゲームが350万人にダウンロードされたという。その10分の1に人が日本語を勉強するようになれば、クールジャパンに日本語の普及という付加価値が付く。300万人を超える海外に日系人に対する日本語教育の強化も大きな課題だ。

人口減少時代もグローバル化の波は高まるばかりだ。世界が大きく変わっているのだから、世界との「つながり」をもっと太くしてかなければ、少子高齢の日本は生きていけない。そのために力を入れるべきは、海外に向けた日本語教育だ。「海外の『日本語人口』1億人」――こんな目標を掲げ、日本語の普及に挑戦しててみてはどうだろうか。

石原 進(いしはら・すすむ)日本語教育情報プラットフォーム代表世話人

投稿者プロフィール

「にほんごぷらっと」の運営団体である日本語教育情報プラットフォーム代表世話人。元毎日新聞論説副委員長、現和歌山放送顧問、株式会社移民情報機構代表取締役。2016年12月より当団体を立ち上げ、2017年9月より言葉が結ぶ人と社会「にほんごぷらっと」を開設。

この著者の最新の記事

関連記事

コメントは利用できません。

イベントカレンダー

6月
3
2:00 PM 凡人社日本語サロン研修会  文法... @ オンライン開催
凡人社日本語サロン研修会  文法... @ オンライン開催
6月 3 @ 2:00 PM – 4:00 PM
[日 時] 2023年6月3日(土)14:00~16:00(受付開始13:30) [会 場] プログレッソイベントルーム/ベース(松山市湊町4-3-9)※対面のみの開催です [定 員] 30 名(先着順、定員になり次第締め切ります) [参加費] 無料 ※要予約(先着順となります) [講 師] 柏谷 涼介 先生(セントラルジャパン日本語学校主任教員) [内 容] 日本語教育、特に初級レベルの学習では長らく文法を中心に考えられた、いわゆる文法積み上げ式の教育が行われてきました。 しかし、現在では課題達成の考え方などを取り入れた、より効果的と思われる教育方法が広まってきており、そのような方法を取り入れている現場も増えてきています。 ここで今一度、学習者のために、より効果的な方法について皆さんで考えてみませんか? 何よりも学習者のために、よりよいものを目指す方のご参加をお待ちしております。   [お問い合わせ・お申込み] お申込みはこちら。 ※メール、または下記URL・QRコードからお申し込みください。 メールでお申し込みの際はタイトルに「凡人社日本語サロン研修会(6/3)」と入れて、本文にご氏名・ご所属・ご連絡先をご記入ください。 E-mail:ksakai@bonjinsha.co.jp(担当:凡人社/坂井)
6月
7
8:00 PM ももの会主催_みんなで読もう!『... @ オンライン開催
ももの会主催_みんなで読もう!『... @ オンライン開催
6月 7 @ 8:00 PM – 9:30 PM
みなさん、こんにちは!ももの会です。 『超基礎 第二言語習得研究』(奥野由紀子編著、くろしお出版)を、全5回で読む読書会を企画しました! もう一度SLAを勉強したい方、この本を買ってそのままになっている方…、みんなで一緒に読んで話しませんか。 ◆こんな人におススメ! ◎これから第二言語習得論を勉強しようと思っている方 ◎もう一度勉強したい、知識をアップデートしたい方 ◎この本を読もうと思っているけど、読むきっかけをさがしている”積ん読”の方 1.スケジュール 全5回、毎回水曜日20:00~21:30実施 ・第1回(5月17日):1章、2章、3章 ・第2回(6月 7日):4章、5章 ・第3回(6月28日):6章、7章 ・第4回(7月19日):10章、11章 ・第5回(8月 9日):12章、15章 2.開催方法 すべてオンライン開催(zoom) ※グループワークがございますので、マイクをご準備いただき、 話せる環境でご参加ください。 3.進め方 ・事前に本を読み、わからなかったところをメモしておく ・わからなかったところを、みんなで考える ・各章にある「課題」を一緒にやる 4.参加費(Zoom代) 一般:1,000円/学生:500円 ※5回分の料金となります。 5.お申込み https://momonokai20230517.peatix.com/ 6.注意事項 ・本は各自でご用意ください。 ・録画はしませんが、記録はすべてGoogleスプレッドシート等に残します。 欠席回については、共有ファイルで内容をご確認いただけます。 7.主催者 ももの会 ももの会についてはこちらをご覧ください。 https://note.com/2021momonokai/n/n71afd95af03b 8.ももの会では、ももの会主催のイベント情報をお届けするためにメーリングリストを作成しています。ご希望の方は、こちらからお申し込みください。 https://note.com/2021momonokai/n/n47141a496dcc
6月
10
終日 異文化間教育学会 第44回大会 @ 東京都立大学 南大沢キャンパス
異文化間教育学会 第44回大会 @ 東京都立大学 南大沢キャンパス
6月 10 – 6月 11 終日
異文化間教育学会 第44回大会 大会実行委員長: 岡村 郁子(東京都立大学) 会 期: 2023年6月10日(土)・11日(日) 会 場: 東京都立大学 南大沢キャンパス Welcome to the 44th Conference of the Intercultural Education Society of Japan Venue: Tokyo Metropolitan University, Minami-Osawa Campus Dates: Saturday 10 June – Sunday 11 June 2023 Conference Organising Committee Chair: Ikuko Okamura (Tokyo Metropolitan University) We welcome presentations in English. For details, please refer to the Call for Papers. Please also use the attached template for submitting your abstract: abstracts template 託児サービスのご利用について 第44回大会では、託児サービス業者に委託し、東京都立大学の大会会場の建物の中で託児サービスを提供いたします。 ご利用を考えておられる方は、以下の説明に沿って期日までにお申し込みください。 託児申し込みついて 託児申込書
1:30 PM 地域日本語どっとねっとシンポジウ... @ オンラインと対面
地域日本語どっとねっとシンポジウ... @ オンラインと対面
6月 10 @ 1:30 PM – 4:30 PM
[日 時] 2023年6月10日(土)13:30~16:30 [会 場] 博多バスターミナル会議室 第7+第8ホール及びオンライン開催 対面と同時配信 ※対面参加の方のみ質疑応答に参加可能、配信は視聴のみ [定 員] 会場40名、配信視聴200名 [参加費] 無料 [内 容] 【基調講演】13:30~14:15 講師:神吉 宇一 先生(武蔵野大学グローバル学部准教授) タイトル:「地域日本語教育の役割は、日本語を教えるだけじゃない」ってどういうこと? 内容:日本は人口減少局面に入り、特に地方都市や特定の職業で人手不足が深刻になっています。 そして、外国人の受け入れによって、それを補おうという動きが活発化しています。 2019年の日本語教育の推進に関する法律以降、日本語教育に関する政策の整備が進んでいます。 2022年11月には、文化審議会国語分科会から、地域における日本語教育が目指す目標としてCEFRのB1レベルが提示されました。 一方、地域における日本語教育では、日本語を教えることだけがその役割ではないという意識が多くの人に共有されつつあり、そのための活動の蓄積も進んでいます。 そして、多くの地域日本語教室が、特定の教科書を教えるという方法から脱し、新たな取り組みを始めています。 そのような中、地域日本語教育に携わる人たちは、政府によるB1レベルという目標設定が「教科書の日本語を教えるだけ」の地域日本語教育に後戻りするのではないかという不安や懸念を抱いています。 本講演では、日本語を教えるだけじゃないという先にある多様な選択肢をどのように考えればいいのかを、教育のあり方と政策のあり方からお話をします。   【トークセッション・質疑応答】14:20~16:30(途中休憩あり) 東京、愛媛、福岡で活動する3名の方々に、日ごろ行っている活動事例をご発表いただいた後、活動の背景にある思い、困難に感じていること、実現したいこれからなど意見を交わし合います。 モデレーター:深江 新太郎 先生 発表者:松尾 慎 先生(東京女子大学教授、VEC代表) 松尾 美恵子 先生(福岡県古賀市/交流型日本語教室運営マネージャー) 宮田 あゆみ 先生(愛媛県松山市/にほんご町内会代表)   [お問い合わせ・お申込み] お申込みはこちら。 ※メール、または下記URL・QRコードからお申し込みください。 メールでお申し込みの際はタイトルに「地域日本語教育どっとねっとシンポジウム(6/10)」と入れて、本文に、ご氏名・ご所属・ご連絡先をご記入ください。 E-mail:ksakai@bonjinsha.co.jp(担当:凡人社/坂井)

注目の記事

  1. 日本語学校の留学生の「奮闘ぶり」が読売新聞の連載記事に  日本語学校と言えば、一部の学…
  2. 有識者会議が政府に技能実習制度廃止を提言 政府の有識者会議が4月10日、外国人の技能実…
  3. 多文化共生社会の「究極の少子化対策」とは?カギを握る外国人支援団体の活動 人口減少が急…

Facebook

ページ上部へ戻る
多言語 Translate