2020年元旦 「オリ・パラ」がもたらす共生社会とは

明けましておめでとうございます。令和2年、2020年が幕を開けました。今年はオリンピック・パラリンピックが開かれる「特別な年」です。世界のトップアスリートたちが演じるであろう「熱戦のドラマ」に思いをめぐらせると、いまから胸をワクワクさせるのは私だけではないでしょう。ともあれ、「にほんごぷらっと」に日ごろからアクセスいただいています皆様にとりまして、素敵な1年になるよう心より祈念申し上げます。

さて、日本の人口減少がテンポを早める中、昨年4月に改正入管法が施行され、「特定技能」という新しい在留資格による外国人労働者の受け入れが始まりました。日本は制度のうえで「外国人労働者」の受け入れに初めて正面から向かい合うことになったわけです。同6

月には日本語教育推進法が成立し、施行されました。日本語教育は共生社会を作るための基盤となる重要な施策です。「にほんごぷらっと」は日本語教育の法的整備の重要性を繰り返し訴えてきたこともあり、「日本語教育推進法の成立」を昨年1年のトップニュースに位置づけました。

昨年9月から1カ月半は、ラグビーワールドカップの迫力あふれるプレーに日本中が沸きに沸きました。ラグビーW杯はは国籍よりも多様性を尊重し、フェアプレーを重んじる大会です。日本チームもメンバーの半数が外国籍を持っていました。桜のジャージが「ワンチーム」となって活躍し、多くの日本人が拍手をおくりました。「2020オリ・パラ」も「多様な感動」を私たちに与えてくれるものと期待しています。

2020年は前年の流れが加速し、新たな時代の幕開けになるのではないか。そんなことをぼんやり考えていたところ、昨年12月23日の毎日新聞夕刊の「この国はどこへ これだけは言いたい」という特集記事で、ノンフィクション作家の石川好さんのこんな言葉に目が止まりました。

「日本の最大の課題は外国人がどう暮らせるかです。日本は世界中の政治、経済難民にとって最後のフロンティアです。移民という言葉を政府が使いたがらないだけであって、とっくに始まっている。受け入れ態勢を整えるためには国民的なエネルギーがいるのです」

「日本最大の課題」「世界中の政治、経済難民の最後のフロンティア」との言い回しはいささかオーバーな表現だと思いましたが、その課題が「外国人とどう暮らせるのか」でなく、「外国人がどう暮らせるか」という外国人の側に立った発言であることに、私は注目しました。

石川さんは、米カリフォルニア州のいちご農場での自身の体験をもとに書いた「ストロベリー・ロード」で、1989年の大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しました。1965年、18歳の時に伊豆大島から「短期農業実習生」の兄の後を追ってアメリカ大陸に渡り、イチゴ農場で働いた体験を描いたのが「ストロベリー・ロード」です。

灼熱の太陽が照りつける「キャリフォーニ」の大地。そこには汗をしたたらせながら土にまみれる日系人や、密入国を繰り返して不法就労で生活の糧を得ようとするメキシカンの息づかいがありました。石川さんは「アメリカとは何か」「アメリカ人とは何なのか」と問い詰め、「インビジブル(見えない)・アメリカン」を見つけた――そんな鋭い視点随所にみられる作品でした。

半世紀以上前の「ストロベリー・ロード」に登場する日系移民が、日本の今に生きる在留外国人の姿をだぶって見える、というのは言いすぎでしょうか。実なかなり重なる部分があるのではないか、というのが私の見方です。銀座を歩けば、大勢の外国人観光客を目にする時代になりましたが、私たちの隣人である在留外国人は、日本人との親密な交流が少なく、依然として「インビジブル」な存在なのではないでしょうか。

かつて在日韓国・朝鮮人を「見えない日本人」と呼んだ人がいました。日本社会の民族的な差別と偏見の中で、日本人は彼らに目を向けず、彼らは日本名を使い、自らの存在を隠して生きてきました。いまではベトナムやタイ、インドネシアなど東南アジアの人たちは顔つきを見れば外国人だとわかりますが、日本社会が彼らをビジブルな存在として受け入れているのかどうかは極めて疑問です。

とはいえ、日本の農業や水産業をはじめ、製造業、飲食業、観光業など様々な分野で、貴重な労働力を提供してくれているのは外国人です。首都近郊の農業地域では、中国人やベトナムの技能実習生の「ベジタブル・ロード」が私たちに新鮮な野菜を供給してくれています。インドネシア人のフィッシャーマンがいなければ、カツオのたたきに舌鼓も打つことができない時代です。

そうした中で日本は「オリ・パラ・イヤー」を迎えました。1万人を超える外国からアスリートがやってきます。外国人観光客の方はこの1年で4000万人にのぼると、政府はそろばんをはじいています。国際スポーツに沸く1年になるのは確実です。ただ、単なるスポーツの祭典というのではなく、「オリ・パラ」は、多様な民族から多様な文化的なメッセージを発信するのではないでしょうか。

その一方で、「特定技能」と「日本語教育推進法」は2年目を迎えます。その時期、石川さんの「日本の最大の課題は外国人がどう暮らせるかです」という問い掛けに、私たちは答えを出す努力をしなければなりません。

政府だけでなく、私たちも「共生社会」という言葉をよく使います。「共生社会」の意味を突き詰めれば、「外国人がどう日本社会で暮らせるか」ということになるのか。加えて石川さんは「受け入れ態勢を整えるには国民的なエネルギーがいるのです」とも言っています。「オリ・パラ」が「国民的なエネルギー」を引き出し、「共生社会」を作り出す力になれば……。

新年にあたり、石川さんの言葉を重く受け止めたいと思います。

石原 進

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12
12:00 AM 留学生対象の日本語教師初任者研修... @ オンライン(ZOOM)
留学生対象の日本語教師初任者研修... @ オンライン(ZOOM)
6月 12 2024 @ 12:00 AM – 1月 31 2025 @ 12:00 AM
日振協による文部科学省委託の初任研修が今年も始まります。 告示校で10年程度専任で経験されている方対象です。 OJTで実際の運営に関わりながら研修運営を肌で学んでいただけます。 研修詳細は協会ホームページより、チラシと募集案内をダウンロードしてご確認ください。   「日振協 留学生対象の日本語教師初任者研修」は「オンライン映像講義」「(オンライン)集合研修」「自己研修(自律的学習)」の三位一体の編成により、①自律的・持続的な成長力 ②対話力 ③専門性という3つの資質・能力の育成を目指すもので、忙しい仕事の合間を縫って学べるよう、また地方の教育機関に所属している受講生への負担を減らすため、e-Learningを利用した研修となっています。 2020年度から、この初任者研修と並行して、「育成研修」を併せて実施しています。「育成研修」は初任者研修のサポートを行いながら研修の企画や実施方法を学び、将来全国各地で初任者研修の実施担当者として活躍していただく人材を育成する研修です。具体的には以下のことを目指しています。 ①初任者教員の協働的かつ自律的な学びを支援し、21世紀に活躍できる日本語教師としての資質・能力及びICT活用能力の獲得へと導く ②研修委員に必要な経験と能力を身につける 研修は、フルオンライン(zoom使用)で実施いたします。学内で初任者の指導を任されている方、地方在住でなかなか研修機会に恵まれない方など全国各地からご参加いただきたく存じます。修了生は今後実施委員になっていただく可能性もございます。どうぞ奮ってご応募ください。 チラシ(PDF 裏表2頁/1枚)
6月
29
12:00 AM 留学生に対する日本語教師初任研修 @ オンライン
留学生に対する日本語教師初任研修 @ オンライン
6月 29 2024 @ 12:00 AM – 1月 31 2025 @ 12:00 AM
本研修のカリキュラムは文化審議会国語分科会の「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)」に基づいており、初任者が体系的・計画的に日本語指導を行うための実践的能力として (1)自律的・持続的な成長力 (2)対話力 (3)専門性 の3つの資質・能力の養成を狙いとした90単位時間のプログラムです。忙しい仕事の合間を縫って学べるよう、また地方の日本語教育機関の新任の先生方への負担を減らすため、e-Learningを利用した研修となっています。 研修形態はフルオンラインです。昨年度同様、今後日本語教師にますます求められるであろうICT活用能力(オンライン授業やハイブリッド授業の実践等)に重点を置いた研修を行います。 つきましては、ぜひ多数の日本語教師初任者の方にご参加いただきたく下記のとおりご案内いたします。どうぞよろしくお願い申し上げます。 チラシ(PDF 表裏2頁/1枚)
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令和6年度日本語学校教育研究大会 @ 国立オリンピック記念青少年総合センター
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令和6年度日本語学校教育研究大会 1 開催日時 本大会 2024年8月5日(月)10:00~16:45 8月6日(火)10:00~16:15 ポストセッション 2024年8月23日(金)19:30~21:00 2 会場 国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区) 3 参加方法 会場参加:8/5、6は会場参加。後日一部プログラムのアーカイブ配信視聴可。8/23ポストセッションに参加可。 オンライン参加:一部プログラムのライブ配信・後日アーカイブ配信を視聴可。8/23ポストセッションに参加可。 3 応募締切:2024年7月24日(水) 4 詳細、申込方法 https://www.nisshinkyo.org/news/detail.php?id=3163&f=news 「日本語教育の適正かつ確実な実施を図るための日本語教育機関の認定等に関する法律」施行に伴い、各校においては教育理念や到達目標、評価方法、および教育・学習内容等の見直しを進められていることと存じますが、認定されることがゴールではなく、その先を見据えて、自分たちの教育、および学校全体を見直し、リニューアルすることが大事なのではないでしょうか。 今回は、大会のテーマを「これからの新しい日本語学校の話をしよう」とし、プログラムを企画しました。 日本語学校教育に興味・関心をお持ちの方ならどなたでもご参加いただけます。 皆様のご参加お待ちしております。 【8/5】 講演「日本語教育機関の認定と登録日本語教員について」 (文部科学省総合教育政策局日本語教育課) 講演「技能実習制度及び特定技能制度をめぐる状況と育成就労制度の創設について」 新井靖久(出入国在留管理庁政策課 課長補佐) 講演「『逆向き設計』論に基づくカリキュラム設計-より良い教育評価を目指して」 奥村好美(京都大学 教育学研究科 教育学環専攻教育・人間科学講座准教授) パネルディスカッション 加藤早苗(インターカルト日本語学校 校長)亀田美保(大阪YMCA日本語教育センター センター長) 山本弘子(カイ日本語スクール 代表) 【8/6】 分科会Ⅰ「大学との教育連携を考える~送り出し側と受け入れ側の視点~」 分科会Ⅱ「自ら学び続けるために~学習者と教師のオートノミー~」 義永美央子(大阪大学 国際教育交流センター 教授) 分科会Ⅲ「モジュールボックスを使って学習活動と評価を考えよう!」 自由研究発表・ポスター発表・デモンストレーション・トーキングショップ 協賛団体紹介ブース 【8/23】 ポストセッション(オンライン交流イベント) 〔問い合わせ先〕一般財団法人日本語教育振興協会 事業部 小野寺陽子 TEL:03-6380-6557 FAX:03-6380-6587 E-mail: nisshinkyo2@gmail.com
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10:00 AM 母語・継承語・バイリンガル教育(... @ オンライン(ZOOM)
母語・継承語・バイリンガル教育(... @ オンライン(ZOOM)
8月 6 @ 10:00 AM – 8月 9 @ 9:00 PM
母語・継承語・バイリンガル教育(MHB)学会は、国内外の幼児・児童・生徒・成人が読み書きも含むマルチリンガル能力を身につけられる言語教育の方法、理論、研究方法を探ることを目的としており、学会誌の発行や研究大会の開催などの活動をしています。 2024年度は「母語・継承語・バイリンガル教育研究の未来を描く〜次の10年を見据えて〜」をテーマにした研究大会を、来る8月6日から9日までの4日間に渡り、オンラインで開催いたします。関心をお持ちの多くの方のご参加をお待ちしております。

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